“ゴッドハンド”大山倍達~昭和の武蔵が唱える強さの本質
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究極のスピードから成る神業ビール瓶切り
大山倍達の戦いの動画に関しては、闘牛のものしかないと言うは既に述べました。
しかしそのスピードに関してある程度推測可能な動画を2つ、見つけることができました。
いつ見ても波瀾万丈での、スイングバック
まず1つ目が、大山倍達が亡くなられるその前年に撮影された「いつ見ても波瀾万丈」という番組内でそれは行われました。
没年は70歳という高齢、それも病に冒され、しかも肺がんという最悪のもの。
それを踏まえたうえで、その番組内で、大山倍達はあるひとつの大変に興味深い動きをされました。
左の拳を、大きく非常に素早く、後方に、引いたんです。
人によってはそれは「それがどうした?」と思われるかもしれませんが、現代の非常に進化した格闘技界において発見された、パンチを打つ際に最も重要な要素の1つが、スイングバック――つまりは拳を引く動作だと考えられます。
那須川天心も、武尊も、そしてマイクタイソンやワイルダーなどの超一流ボクサーに極真空手の世界大会ベスト8内の上位入賞者迄、みなその極意を掴んでいます。
そして大山倍達の動き。
あくまで本当に打つわけではなく、説明の中で盛り上がって思わずしてしまった動作、それも死ぬ直前の老齢の病体を以てして――
少し離れて座る女優の前髪が、思わず目を閉じてしまうほどの風を巻き起こしてしまっています。
繰り返しになりますが、死ぬ直前で、70歳で、ガンで、この動きなのです。
さらに次は、ビール瓶切りです。
あまりに有名といえば有名。
しかしそのほとんどは、根本を弟子に抑えさせたり、もしくは半分近くの中身を残しての、それは一撃になります。
もちろんそれで、凄まじいまでの神業。
でき得る人など、私は現実には会ったことがありません。
その上私の先生の話では、ビール瓶切りの達人という先輩がある晩酔った勢いで行った際、掌の神経を切ってしまい、二度と空手が出来ない体になってしまったそうです。
アメリカはコネチカット州で行われたという演武会
おそらくはアメリカはコネチカット州で行われたという演武会での、全盛期に近い40代前後と思われる手刀。
一切の手助けなし、完全には言い切れませんが、その中身はほぼ空。
じっくりと狙い定めることもなく、ストレッチでもするように腰を二、三度ひねった勢いそのままに、カメラのレンズが捉え切れないほどの神速の手刀。
この2つで充分すぎるほどに断言できます。
よく私の先生が話していたように、大山倍達は、人の動きのそれを完全に逸脱しています。
いわゆる、獣のそれ。
史上最強たる所以の1つが、こうして補完されました。
牛を倒し、10円銅貨をへし曲げる超絶パワー
実戦性
史上最強と言う定義において、私が考えるのは、いわゆる実戦性である。
ボクシングで戦えばボクサーが強い、極真カラテで戦えば極真空手家が強い、ムエタイルールで戦えばムエタイ戦士が強い。
当たり前と言われれば当たり前のことだが、それが事実なのである。
だから総合格闘技ルールでの戦いは、総合格闘家が強いのが当たり前で、k-1ルールで戦えばk-1ファイターが1番強いのもまた事実である。
ならば異種格闘技間で最強を決めるのはどうしたらいいか?
実戦しかない。
喧嘩との違い
この場合の実戦とは、喧嘩とはまた意味が異なる。
大山倍達はよく語っていた。
身にかかる火の粉は払わねばならない。
つまりは必要に迫られ、危険、もしくはその誇りが汚されそうになったときに、鞘に差した刀を抜かなければならない瞬間がある、そういった意味である。
これはつまり、ヨーイドンで始まる現代の格闘技様式では、当然のように計ることができず、かと言えばお前俺より強いのか? じゃあやろう、という輩同士の喧嘩様式とも、また違う。
不要不急の戦いは、それはもはや純度をなくしている。
元来武道とは、組み手がない。その時に備えて技術と肉体は磨くが、そこで競争する事は無い。
ならば比べようが無いではないかと言えばその通りだ。
しかしその上で私が大山倍達は史上最強に推す理由がある。
まずは先に述べたスピード。
そして次に、大山倍達自身が戦いにおいて最も大事なものにあげている、パワー。
人類史上最強レベルのパワー
彼は、YouTubeの動画でも見られるが、牛と戦った際に、その両角をつかみ、体重700キロを超えるその巨体と押し合いへし合いの相撲を演じた。
こんな常人離れした真似ができる人間が、一体どこにいるだろうか?
あまつさえその角を、首と共にひねり、その巨体を大地へと捻じ伏せてしまった。
その後立ち上がってきた牛の角にカウンター気味に手刀を打ち据え、その角を完膚無きまでにへし折ってしまった事は既に周知のことであろう。
そしてその握力。
その親指と人差し指で、10円銅貨を真っ二つにへし曲げてしまった事はあまりに有名だ。
こんな真似は万力を使っても難しいと言う話だ。
その馬鹿げた握力は、180キロまで測れる握力計をして振り切ってしまったと言う。おそらく人類史にただ1人とも言える超人的握力と言えるだろう。
スピードに加えて、パワーも人類史最強レベルな事は言うまでもない。
その数値的な能力に加えて、先に述べた実戦性がいかに作用していくかについて述べたいと思う。
稀代の空手家が唱える強さの本質
2本の指で耳をつまむ
大山倍達の直弟子である先生が以前、強さの本質とは何かという話を大山倍達から聞かされたことがあるそうです。
その時の言葉は未だに印象に残っています。
「私は、親指と人差し指の2本指で、逆立ちができる。これができれば、親指と人差し指の2本だけで、10円銅貨を曲げることができる。それだけの握力があれば、その指で相手の耳をつまめば、相手は指1本動かすことができない。
君ぃ、それが強さだよ」
その逸話に、大山倍達が考える強さの本質が秘められていると私は感じました。
大山倍達は、最も対日感情が最悪だった第二次世界大戦直後、リメンバーパールハーバーが叫ばれるアメリカで興行を繰り返し、彼の書いた何冊もの本によると、幾度も銃を突きつけられたり、ナイフで囲まれたり、そういった生死をさまようような体験を何度も味わっています。
そういった最中で、前回もお見せしたビール瓶切りが生まれ、ゴッドハンドの2つ名が誕生しました。
大山倍達が、その強さを称えるときに言われているのは、次の言葉です。
真の一撃必殺
「私の左下突きで、倒れなかった者はいない」
左下突きとは、いわゆるボクシングでいう左のボディーアッパーです。まさしく彼の一撃必殺のその本質をついた恐るべき言葉だといえます。
しかし彼が本当に最も得意としていたのは、右の正拳突きだという話です。
その威力は破格で、初めて牛と相対したときに、特に弱点も知らなかった彼はまともにその額に右正拳突きを打ちつけ、その頭蓋骨を粉々に砕いてしまったといいます。
私の先生曰く、その威力は1トンにも及ぶのではないかと言う話です。
さらには実戦で彼が最も用いたと言われているのは、狐拳です。
狐拳とは、指はそのままに、手首だけを下方に曲げた時に生まれる、わずかに膨らんだその部分です。
単純な威力ではもちろん拳とは比較になりません。
しかし拳が、とっさのときには指を曲げる、拳を引く、打つ、という三動作が必要なのに対して、狐拳は両手が下がったそのまま、まっすぐにかち上げて最短距離で最速で打ち付けることができます。つまりは、予備動作がなく、先手で不意打ち、もしくは不意打ちに対応することができるのです。
而して、大山倍達が到達したその実戦性を、彼自身はどう捉えていたのか?
昭和の武蔵が築いた不敗神話
喧嘩をしろ
大山倍達は、語っていました。
君たち、喧嘩をしろ。
喧嘩ができない人間になるな。
私は売られたら喧嘩に決して背中を見せない。
無駄な喧嘩をする必要はないが、男の誇りが汚されそうになったらうだうだ言わずに壱発叩きのめしてやれ!
激しい人でした。
第二次世界大戦後、進駐軍が東京のあちこちで婦女子を暴行していた時、それを止めるために拳一つで飛び込み、それこそ叩きのめしてその場を逃げると言う辻斬りまがいのことをしただけはあります。
しかし、著書の中でこんなことも言っていました。
喧嘩をやってみると、喧嘩をやってはいけないと言うことがわかってくる。
何回もやると、喧嘩ほどつまらない事はないとわかってくる。
喧嘩のなんたるか
大山倍達は、喧嘩の何たるかを知り、その極意を熟知して、そしてその本質を知っていたからこそ、喧嘩を売られたら逃げないこと、しかしそれを誇示しないこと、それをよく理解していたのだと考えます。
私が考える、史上最強とはそういうことです。
先に述べましたが、ムエタイ、K-1、総合格闘技、大いに結構です。
ヨーイドンで、対等な条件で、最高度に高められた技を競い合う。
こんな素晴らしい文化もないでしょう。
しかし細分化された今、誰より俺が強いと言う事は言いづらくなっています。
より専門的に、その知識を深め、その技術を熟知し、それに適応した者が勝つのは当然です。
言ってはこうですが、スポーツとはそういうものです。
最強の格闘家、真実の武道家
だからこそ、本当の意味での最強の格闘家、真実の武道家は、大山倍達であったと思います。
もし大山倍達が現代に現れて、総合格闘技などをして、それで勝つかと言ったらまた別の話になるでしょう。
事実として彼はボクシングにも挑戦したことがあるそうですが、勝つことは難しかったようです。
しかしそれでも、世界中をめぐり、ありとあらゆる格闘技と対戦し――一説では200戦無敗を誇ったとさえ言われる(さすがに誇張ではあると思いますが)昭和の宮本武蔵と謳われた男が、その末に史上最強の格闘技として作った極真空手――手に何もつけずに戦う直接打撃性は、やはりその実戦性と言う意味では最たるものではないかとも考えています。
実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されない。
20年以上も極真空手を実践し、指導し、研究している身ですので、あまりエンタメ的なことをな結論にならずに申し訳なさもありますが、今回のこれが結論となります。
それを踏まえた上で、私は今日もありとあらゆる格闘技の可能性や、有用性を研究していきたいと思っております。
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