ムエタイという幻想の正体①〜極真空手家が15年以上研究した末の真実〜

2019年11月11日

ムエタイ最強神話

よく聞くフレーズです。地上最強の立ち技系格闘技。これもよく聞きます。そして真実に近いとも言われています。

私としては少々複雑ですね、地上最強は元々は極真カラテの専売特許だったはずなんですが(笑

それはともかく、ムエタイが強い事は厳然とした事実であり、動かしようのない真実です。

しかし私は長い間不思議でした。

ムエタイの強さが、どうもつかめない。

ボクシングや空手の強さとは一線を画しているような気がしてなりませんでした。

ボクシングは、そして空手は、要は強くて、速くて、巧い選手が強いとされています。なんか定食屋の売り文句みたいですが(笑)

これさりげなく出しましたが、極真カラテの創始者である大山倍達の名言だったりします。

ものすごく端的に、多少誤解を含みそうな表現と言うのを前提として言ってしまえば、相手を圧倒したほうが勝ちです。

しかしムエタイの強さはどうもおかしい。

なんかソロソロしてるし、必死さがないし、相手を追い込んだりしない。

だけど強い、それだけは間違いない、だけど何が強いのかがわからない。

これってなにげに格闘技が好きな人が全般的に思っている事だったりすると思います。実際格闘技を20年以上やって、見続けている私がそう感じていたくらいですから。

それが最近、ずっと見続けてきたおかげと、最近ムエタイに関する書籍をいくつか拝見させていただいた結果、その強さの正体にようやく気づいたので、ここに紹介させていただきたいと思います。

一言で言えば、ムエタイは「引っ越し」なんです。

はいわけわかりませんね、申し訳ありません(汗

しかしこれは冗談ではなく、結構本当なんですよ。

タイと言う国では、ムエタイは格闘技ではあるんですが、主にいくらか金を稼ぐ手段として国民全体がちょいちょいやる、いわゆる日雇いの仕事みたいな感覚のようなんです。

だから残念ながらムエタイと言うものは、タイと言う国ではあまり憧れの職業ではありません。

そのかわり、出たら、大体みんなが見ていて、試合後に一斉に口出しするみたいです。お前この前の試合これが良かった悪かった俺だったらこうやった今度はこうしろ、みたいな。

だからムエタイを専業にしてる人は、尊敬の対象にはなりません。

それがギャンブルで成り立っているからです。

元々のムエタイは、拘束されて武器を向けられたムエタイの達人がその技で窮地を脱したことで国の英雄となり、それによって国技となったほどの素晴らしい格闘技でした。

だから昔のムエタイは1つの純粋な素晴らしい格闘技でした。観客も純粋にその素晴らしい技術を見に来ていました。

しかし月日は流れ、徐々に技術だけ見に来る観客が減っていきました。仕方ありません。本当に強い人は一握りなので、それだけでつなぎとめるのは難しいというのが現状です、現実です。格闘技ブームが去った日本に近いものがあるかもしれません。

その結果、元締めやムエタイを主催する興行主や胴元はどうしたか?

タイの人は老いも若きも男も女も、ギャンブルが大好きです。そのために、ムエタイをギャンブルの対象として、技術としてよりも、お金を賭ける対象として再構築して、復活させて、現代の体系に持ってきたのです。

これはもちろん賛否あるかもしれませんが、日ごろから私はTwitterで言っていますが、好きなもので食べていくのは簡単ではなく、戦うだけで暮らしていくのは本当に厳しいものなのです。

事実として確かに選手は強さや名誉も望みますが、まずはそれだけで食っていけることを目標として頑張っています。

だからそれが日々の生活を得るための手段だとしたら、それを非難する事は誰にもできないと思っています。

かなり長くなりそうなので、今回はここまでです。

次回は興行体系そういう風に変わっていったことで、その競技性がどのように変遷していったかを語っていきたいと思います。
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