現代の格闘技ブームの礎を築いた鉄人、アンディフグの実像を解明し、その魂を追悼する。

2019年10月11日

今日はアンディフグの命日と言うことで、彼について少し語ろうと思う。

アンディフグと言えばかかと落としと思われているが、その真価は右のローキックにある。

実際彼が注目を浴びた最初である極真空手の第4回世界大会においても、その右ローキックで相手に深刻なダメージを与え、技あり、一本勝ちを築いている。

ではかかと落としはどういう立ち位置か。

それまでかかと落としは、実戦で使われることがなかった。あくまでテコンドーで、ポイントのために使われる見せ技という立ち位置だった。

それを初めて実際に投入した。対戦相手はかつてない角度から飛んでくるその蹴りの軌道を見切ることが出来ないので、自然体と重心が浮く。

そうやって足の力が抜けたところを、右ローキックを叩き込んで、へし折る。そういったスタイルだったのだ。

彼は極真空手の第4回世界大会において準優勝に輝いている。

しかし正直これに関しては私は想うところがある。

あれはトーナメントが酷かった。当時ブラジルの、アデミールダコスタという選手が圧倒的な優勝候補であった。

彼は後にK-1で活躍する、フランシスコフィリオの師匠にあたる。ブラジリアンキックを初めて実戦の場で使用した名選手だ。余談ではあるが私の先生の弟子にあたり、ブラジリアンキックとマッハ蹴りは先生が開発したものだ。

話を戻そう。そのアデミールを潰し、日本を勝たせるために、後の世界チャンピオンである八巻建弐、ヨーロッパチャンピオンのミッシェルウェーデルを当てた後に、アンディフグをぶつけている。

アデミールダコスタはブラジルところか南米の星の二つ名で呼ばれ、南米最強の男として絶対的な強者であった。史上五人しかいない100人組手達成者でもある。





その当時ヨーロッパ大会はミッシェルウェーデルが圧倒的な強さ、 2位が後にK-1に行ったマイケル・トンプソン、そして3位がアンディフグだった。

しかしアンディフグの強さが花開いたのは、K-1に行ってからとも言える。

そこで彼はそれほど強くなかったパンチを磨き、右ストレートによるKOの山を築いた。見事なまでのビルドアップも功を奏し、見違えるほどに精悍になった。

しかしそれも、上位になるとだんだんと通用しなくなっていった。彼は当時のK-1ヘビー級戦線において、基本的に骨格が小さかったのだ。

そして最終的に、K-1で磨いた右ストレートと、極真で培ったかかと落としから右のローキックにつなげる戦い方を連動させ――迎えたK-1、決勝戦。

相手は剛腕と名高いマイクベルナルド。

彼をパンチで牽制しつつ、右ローキックで足を完全に効かせ、最後はフグトルネードと呼ばれる下段後ろ回し蹴りで仕留めた。

何より彼はK-1に行ってからの戦いは、魂で戦っていた。

彼が空手とグローブ競技、そして現在の格闘ブームの橋渡しになったことを間違いない。
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