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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

“日大の花"山崎照朝

極真空手家山崎照朝

日大の花として、第1回全日本大会を制し、第2回全日本大会で準優勝に輝き、そこからは現役を引退したにもかかわらず、会社勤めをしながらも歴代の全日本大会で上位に食い込む続け、対戦相手に、奇跡のような偶然で手にした勝利であり、決して実力ではないと言わしめ、そして世界大会には出ることなくその選手としての役割を終え、だがしかしその実、キックボクシングの世界では極真として、空手代表として、威信をかけて結果が空手には絶対負けないと言うことを示し続けて現在でもなお日本を超えて外国人の遥かなる高い壁として知られる本場タイの二大スタジアム、ルンピニー、ラジャダムナンのランカーを、あの世界に名だたる二大スタジアム、ルンピニー、ラジャダムナンのランカーたちを、あの世界に名だたる防御、回避術、前掌を前に伸ばす独特の構え、脛受け、肘受け、首相撲、それらを超えて、石の如きの拳、腹を貫くような前蹴り、その必殺の左上段廻し蹴りをぶち当て、その空手の理想像を示し続けた空手家。

そのあまりに多く残る逸話、偉業、伝説、エピソード、その中であくまで時系列に沿って、最低限のその線引きを前回は述べさせていただいた。

今回は、その彼の強さの秘密、強さの軸、そこに絞ってお話しさせていただきたいと思う。

前回も述べさせてもらった言葉、日大の花、山崎照朝 鬼により怖い、天下無敵の前羽の構え。

その名の通り、山崎照朝の強さの根本となるものは、その構え、受けにあると言う。

山崎照朝のことを語るときに、よく聞かれる話がある。

骨が硬い

尖っている。

叩いてる方が、蹴っている方がダメージを被る。

生まれついての特性と言うものがあり、それは骨の硬さと言うものも多いに含まれていると考えている。

実際私の通っていた道場にも、骨が硬くて硬くてどうしようもない先輩がいて、蹴ってまともに受けられるとこちらの方が痛めるし、脛を蹴るとこちらの脛の方がダメージを被ったりして、組み手をするときに大変だった思い出がある。

しかし逆に山崎照朝を想い悩ませていたものに、体重があると言う。

山崎照朝は大山倍達の『技は力の中にあり』とと言う教えに従い、バーベルによる体力作りを行い、ベンチプレスも最高140kgまで上げられるようになったが、身長177センチにして、体重は62キロ、どうにか増やしたいと思っていたがそれだけはいかんともしがたく、大山ます達からも「君はなぜもっと太れないのかね」と苦言をていされていたと言う。

山崎照朝は1969年10月10日に、100人に1人、1000人に1人と言われる黒帯を、最短と言われるわずか2年半で取得している。

そしてその年に起きた事件として、身長187センチ体重110キロを誇る、元柔道家でもあるオランダのカレンバッハ――当時の呼び方でカレン・バッチが本部を訪れており、その強さは本部道場の茶帯を総崩れ、黒帯たちにも衝撃を与えるほどの苦戦ををしいらせ、その中には山崎照朝も含まれていたと言う。

ヤン・カレンバッハとの戦い

極真空手家の山崎照朝と藤平昭雄とカレン・バッハ

その時のことを山崎照朝は、

「カレンバッハはどんなごまかしにも乗らず、冷静に自分の体力を生かした組手をした。私にとって体力差を感じた初めての対戦相手であり、どうしたら完璧に大きい者との組手を受けて立つことが出来るか、いつも考えることになった」

と語っており、間違いなくその組み手を築き上げる1つの転機になった事は間違いないだろう。

しかし同時にカレンバッハも後に、

「山崎先生との組手では勉強させられることが多々ありました。山崎先生は知的な戦い方をするので怖かったですね。戦って不思議なことは相手が強ければ強いほど、その内容はハイレベルであったことで、山崎先生は足技が多かったように記憶してます」

と語っていることから、それは双方にとって大きなものをもたらした、実は高次元な戦いがあったと言えるかもしれない。

その後初段取得後からわずか半年後に2段となり、本部道場及び米軍のキャンプ座間で指導と自らの稽古を行なうこととなる。

キャンプ座間の道場生には身長2メートル近く、体重が90kg以上の身体が大きい者ばかりが在籍しており、その30キロ以上にも及ぶ体格差を埋めるために、体力負けしない技と組手を考え、そしてたどり着いた境地。

小柄な人は自分から攻撃を仕掛けていく、攻撃拳はリスクが高い。

バランスを崩すと飛ばされてしまうからだ。

そこで山崎照様は待ち拳、受けの組み手を開眼する。

受け拳

そして山崎照朝は、受けから攻撃に移る際のタイムラグを最小限にするために、無にまで極めるために、どんな態勢から蹴ってもバランスが崩れないよう、重心を常に身体の中心にし、バランスを維持し、足腰が強くすることが肝要だと気づいたという。

そのために空蹴り、サンドバッグへの蹴りこみ、鉄下駄での蹴りこみ、さらには両手を縛っての蹴りだけの組み手まで行い、平悩み、苦しみ、怪我を繰り返し、行き詰まり、1週間ほど稽古を休み他の組み手を見学し、これといった解決策もみつからず稽古を再開した矢先、無心の境地での融通無碍の組み手にたどり着いたと言う。

極真カラテの理念にして理想の表す言葉として、点を中心として円を描き、線はそれに付随するものなりと言うものがある。

この解釈はまさに十人十色、千変万化のものへと分かれ、大山ます達もこれといって断言していないところから、未だ議論が分かれているものでもある。

これについて山崎照朝は、そのたどり着いた理論により、こう持論を展開している。

「現役当時の体重は62キログラムしかなかったので、私は“待ち拳”で相手の力を利用するようにした。

しっかりと腰を落とすことが重心を落とすことになり、それだけで様々な場面での動きの質が違ってくるし、受け動作自体に体重を乗せることができる。
体格負けしないために自分の限られた体重を最大限に活かすことだ。

そして捌きは相手の技をギリギリまでひきつけて体の中心線を動かさず、全て拳ひとつの距離でさばく。

横に動こうとする人が多いが、基本は“まっすぐな動き”、“体の正面で捌く”ことである。
横に動くクセをつけると、体格の大きい相手に対して捌ききれなくなってしまう。
当たる瞬間に相手の技を流れを変えて、できるだけ引きつけてやる。

常に気持ちは前、後ろは絶壁だというつもりで行う。
つまり、捌きには絶対に大きな動きはない。

相手の攻撃のラインを変えてやるだけで、相手の技は効果のないものになる。
そうすると一見グルグル回っているように見えるが、常に相手を自分の体の正面にとらえている。

自分が回るのではなく、相手が自分の前で回っている動きが「円を描く」ということであり、自分が点になって直線で進むことによって相手を崩し、また相手の攻撃ラインを変えて、相手の背後に回りこむことで結果的に円を描かれるということで、自分の攻撃が必然的に防御になり、防御は攻撃になる「攻防一体」を意味している」と結んでいる。

さらにはその根幹となる受けを強化するために、肘の鍛錬を中心にサンドバッグで稽古し、その後組手の相手をしてくれる外人が、素足で2、3発蹴ったら、脛が痛くなって嫌がるため、厚皮に竹の芯を入れて作った特製のプロテクターを付けさせて肘受けを鍛えたという。

その完璧なビジョンに裏打ちされた組み手が、まさに融通無碍、流水、ほんのわずかにも無駄な力が入っていない動きで構成されていた。

その構えは多岐に渡り、基本は脇を開け、金的をカバーした、天地の構え。

第5回全日本大会

廻し蹴りで佐藤俊和を攻め立てる山崎照朝

これについて第5回全日本大会の準決勝で対戦した佐藤俊一戦について紙面では、

「あれは山崎得意の殺し技で、彼のあの大きな構えは相手を誘う罠なんだ。

中段がガラ空きのように見えるんで不用意に蹴っていくと、鋭く猿臂エンピを落とされる。

山崎の猿臂の使い方はまさに絶妙で、相手が蹴ってくるのをただ受けるのではなく、猿臂でかち上げ・弾き・叩き落して、相手の蹴り足をだめにしてしまう」

と語っており、それによりダメージを与えられ止めのようにローキックを脛受けで受け潰される形で敗退している。

さらには2回戦で対戦した、ムエタイのティラ・チャラカンポという、本場タイでの元バンタム級チャンピオンで、国際式ボクシングでも東洋バンタム級1位までランクインされ世界フライ級、バンタム級に階級制覇をしたファイティング原田、世界フライ級チャンピオン蛯原敬之と互角の戦いをしたと言う触れ込みの相手に、左上段廻し蹴りを見事にぶち当てている。

あの、攻撃をそもそもが当たらない上に、ハイキックでのノックアウトどころかクリーンヒットほとんど見られないムエタイ選手を相手にだ。

それもまた、天地の構えから繰り出される、両手両足の見事な引き絞り、そこから弓のように放たれる理にかなった動き、構えだからこそ描き出された奇跡と言えるだろう。

中心となるのが竜変、そして円心の構え。

その極真の技術書には記載があるが、使い方もなく、実際使われた場面を見たことがなく、大山倍達が時に触れて用いている以外はわからなかったが、それを見事に山崎照朝は使いこなしている。

天地の構えやその他の構えに移行するときに、フェイント、威嚇、もしくは相手の攻撃を叩き落とす、勝ち上げる、その際に瞬間的に構えて上下を変え、ぐるぐると回し、フェイントとして用いる。

特にそれが炸裂したのが同じく第5回全日本大会の準々決勝、芦原秀幸門下の松友登喜良との戦いで、天地の構え、そして円心の構え、それで大きく圧力をかけ、相手が下がっていく中、攻撃の糸口を作ろうと、もしくは隙を見せようと、誘い込もうと、圧力をかけようと、そういう時に習慣的に足を踏み出し、構えをスイッチして、同時に竜変の構えに移行して、それにより結果的に松友選手がその一挙手一投足に反応せざるをえなくなり、自らの攻撃の機会を最後までほとんど得る事はなかった。

そして試合線ギリギリまで追い詰められて、放たれた何でもないような一発の蹴りで、それをそれこそなんでもないように出された脛受けで、もしくは軽くもつれたときに、それによってかなり足を痛めてしまったようで、途中からまともに歩くこともままならない様子だった。

相手を飲むとはこういうことか、それを教えてもらったような試合だった。

さらには弓張りの構え。

これは現在新極真会の元世界チャンピオン、塚本徳臣が第3回の体重別の世界大会から使い始めたことからも世間に認知されていると言えるが、瞬間的に上げていた手を下げ、逆に下げていた右手で顔面カバーをして、蹴るぞと見せかけて蹴らずに、相手の構えとテンポをずらして、隙を作り、その後決定的な一打につなげる非常に重要一手だと言えるだろう。

そして代名詞とも言える、前羽の構え。

第5回全日本大会ではそれほど多くは見られなかったようだが、キックボクシングではこの構えをメインとして立ちまわっていたようで、当時の新聞で、KO拳法、前羽の構えと紹介されている。

体を相手へ正面に近いところに向けて、両の手のひらをまっすぐに相手に伸ばし、それにより圧倒的な圧力と制空権を確保し、そこから強烈な前蹴りであのムエタイのランカーたちをなぎ倒しって言ったと言う。

あの松井章圭も山崎照朝と向きあった際、その隙などない構えに意を決して攻撃に移り、そこで左右の突きの連打をフェイントにした左右の中・上段回し蹴り・跳び前蹴り・跳び後ろ蹴り、着地してからの跳び膝蹴りと連続攻撃を矢継ぎ早に繰り出したが、山崎は松井の技を受けるだけでその音が会場に響き、そして同時に「ウウッ」と松井の呻き声が重なり、攻撃しているはずの松井の手足の方がみるみるうちに腫れあがっていったという。

受けられるたびに傷つけられるという、攻防一体になった山崎の独特の受け技として知られている話だと言う。

その類稀なセンスと、空手に対する愛、その深い研究、洞察、それによってたどり着いた、誰も真似することができない、その天下無敵の構え。

空手家として、武道家として、誰もが憧れる、理想像が、そこにはあった。

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