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【羽生善治名言】見返りではなく純粋に続け、突き詰めない

2020年11月13日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

込められた深い意味

純粋な気持ちで続ける。

よく聞く言葉ですよね。純粋。日本人は結構こういう言葉が好きですよ。かく言う私も、学生時代からよくこの言葉で形容されてきました。

しかしこれは同時に、私が師匠と仰ぐ羽生善治先生の深い意味合いをもつ言葉でもあります。

最初は単純だとかそういう意味なんじゃないかと憤っていた頃もあります。今は? と聞かれれば、全く気にならないというのが本音です。なぜならある程度アドラー心理学を学んだ結果、どう思われるか、評価されるか、構わなくなってきたからです。

純粋な気持ちで続ける、と言う意味を、自分で解釈できないできました。純粋な気持ち、と言われても、それは何なのか?

はっきりいます。私はこのブログを、夢の架け橋の1歩として書いています。最終的な自己実現。小説家としての夢。それは間違いなく真実です。

ですが、それだけで続けていると、十中八九心が折れるでしょう。

現在、見に来ていただいている方の数は片手の指に手が届かない程度です。何か言ってて悲しくなってきました(笑

ほとんど誰も読んでもらえないレベルのもの。

それを書き続けるモチベーション。

それを理解しました。現在、私がそういった形で続けているものは、3つあります。1つは空手。もう一つは、スマホのアプリで入れている英単語の学習。

共通点は、成果が出なくても良い。

成果が出てくれたほうが楽しいに決まっています。成果が出ればやる気が出ます。

ですが、実際成果が出るのは、もう飽き飽きして、そういうレベルを超えて、習慣化してしまってから、たっぷり時間をおいて、諦めきったその先で、出るものっぽいです。

だから期待していると、成果が出ないことでモチベーションが下がり、やめてしまいます。

じゃあなんで空手は、そして英単語は、さらにはブログは続けられるかと言うと。

やりたいという気持ち

やりたいからです。

空手に関しては、ひとつ前のブログで書かせていただきました。英単語に関しては、留学したきっかけでも一緒ですが、英語のものを日本語のように読めるになったときに自分の脳の中で起こる変化を確認し、日本人とは違う視点を小説に盛り込みたいと考えているからです。

出来れば。

そしてブログは、純粋に書いていて楽しいです。

自分を表現すると言うことに興味がなかったのですが、書いてみると出るわ出るわが思っていること。個人的な見解で申し訳ないんですが、これほどいろいろやってきて、そこそこ知識やら見解やらある人間は興味深いと思っているんで、そんな自分を掘っているのはとても楽しいです。

そして直接的では無いかもしれないですけど、こうして何かを書き続けるのは文章力の向上にもつながると思っています。

見返りを求めるでもなく、目標設定して続けるわけでもなく、純粋な気持ちでやるとはそういうことか。

人間は成果を求め、慣れてしまう生き物

突き詰めてはいけない。

私が尊敬する人間の1人、羽生善治先生の言葉の1つです。

人間、どうしても成果を期待する生き物です。そして現状に、簡単に慣れてしまう生き物です。

それ自体は決して悪ではありません。環境に適応してきたからこそ、恐竜が絶滅した状況下でもしぶとく生き延びて、現在の繁栄を手にしたのですから。

しかし、一事が万事ではいけないのです。人間として、工夫しなくてはいけません。それぞれにおいて、自分が心地良いように、幸せになれるように、取捨選択する必要があります。

人は上記の性質から、そして日本古来の子育てのやり方から、現在行っていることの意味や意義を考えてしまうところがあります。

極論に至ってしまう

これは何のためにやっているのか?

こんなことをやっている意味あるのか?

生きている事はあるのか?

一度は考えたことがあると思います。主に中学生、よく言われるのは2年生あたりから。思春期だとか、もしくは最近では中二病とか言われることもあります。

それが大人になっても継続しているのは、あまりよろしいと言い難いです。

それをやって、すべてを効率化して、無駄をそぎ落とした先歩は、究極的には死への収束となります。

もしくは、どこまでいってもお金稼ぎです。

日本は資本主義です。成果的なものがすべてお金に還元されます。それは制度であり、よく、できているものであり、それを自分の価値観や生きる意義や、そういったものに当てはめる必要は無いのです。

老人ホームのお年寄りたちを見てみてください。私は昔社長だったとか、わしは今とてもお金を持っているとか、そんなふうに威張っている人はほとんどいません。またいたとしても相手にされません。

そんな時楽しく生きているのは、どこまでいっても人柄が素晴らしく、楽しく生きるコツをわかっている人だけです。

突き詰めてはいない

突き詰めてはいけない。

今やっていることが何の役に立つか、何につながるか、何の意味があるか、考えてはいけない。そうすると、がんじがらめになってしまう。動けなくなってしまう。自分の感性の声が聞こえなくなってしまう。

羽生善治が永世七冠になろうと、無冠になろうと、変わらずにその素晴らしい生き方を続けていけるのは、その信念があるからだ。

私は今日も突き詰めず、ぴんとくるもの、そして自分が心地いいと思うものを、ただその瞬間瞬間やっていこう。

将棋という真実対等な真剣勝負

羽生善治先生の言葉は、本当に飾ったものや、いわゆる格式張ったものはない。

将棋と言うものは、過酷なものだ。格闘技などと違い、鍛え上げた肉体、恵まれた体格、といったハンデがない。

駒は20枚ずつ。すべての能力は対等。動かす速さも、一定ずつ交代。

完璧に同じ条件で戦うが故に、ずっと勝ち続けると言う事は不可能に等しい、というか不可能。じゃあ格闘技はずっと勝てるかというとそうではないが、しかし体力的なものや体格的なものでアドバンテージをとることがやはり可能だ。
上位になればなるほど、戦う相手は超一流になる。トップ中のトップほど、勝率は5割に届かない。

最高峰の実力を持つ人間でも、二回に一回しか勝てない。

慎重になるのは、ある意味で当然かもしれない。その中でも自分を信じて、たゆまず緩まず努力してきた人間が羽生善治先生だと私は思う。

繰り返し繰り返し、先生は述べている。

そういう方向性で考える

そういう方向性で考える。

先生が最近よく掲げる言葉の1つで、玲瓏と言うものがある。八面玲瓏からとっていて、意味合いとしては明鏡止水に近いものがあると言う。

でき得る限り冷静に、雑念を振り払い、一心に盤に向かいたい。

その後先生は、おどけるようにおっしゃられた。

いやできないんですけどね。実際向かう直前まではやろうやろうとするんですけど、向かうとすぐ忘れちゃうんです。本当全然だめです(笑

その後先生は、かすかに表情を引き締められるような素振りを見せられた。

まぁ、そういう方向性で考えると言うことで。

私ははっとさせられた。自分で決めたこと。綺麗事。理想論。

父は厳しい人だった。母は突っ込む人だった。偉そうなことを言っている。できてないじゃないか。黙ってろ。

もちろん両親だけじゃないと思うが、そのようなことを言われ続けて、いつからか大言壮語を避けるようになってきた。

そしてうつ病を経て、語ることがなくなってしまった。

そんな時、羽生善治先生のその言葉に出会った。

そういう方向性で考える。

できなくても構わない。100点じゃなくてもいい。なんだったらすぐに失敗しても良い

できなくても構わない。100点じゃなくてもいい。なんだったらすぐに失敗しても良い。

ただ、それでもそういった方向性で考えることはやめない。

誰が何と言おうと、そういう方向性では考える。

なんとすばらしい言葉なんだろう。先生も有名になって、様々な誹謗中傷にさらされてきた。もしかしたらそれは関係ないのかもしれないけれど、いずれにせよその素晴らしさは微塵も色褪せない。

だから私も、いつだってそういった方向性で考えようと思う。できるできないじゃない。素晴らしいと思ったこと。なりたいと思ったこと。やってみたいと思ったこと。

たとえかけらもできなくても、すぐに辞めてしまうことがあったって、後ろゆびさされたって、それでもその瞬間、そういった方向で考える。

そしていいと思ったら、いいと思える限りは、ずっとそういった方向性で考える。

苦しい時、辛い時、うまくいかない時、その言葉がよく頭に浮かぶ。

今日も私は、そういった方向性で考えていく。

羽生善治が考える才能

最後に羽生善治先生のお言葉をもうひとつ。

「才能とは瞬間のひらめきではなく、10年20年と同じ情熱、姿勢を持って続けられること」

純粋さ、ほんのかすかかもしれませんがわかったような気がします。

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