四十八話「ゼッケン44番」
最初から読みたい方はこちらへ! → 初めから読む
___________________
目次
本編
それを、天寺は壇上から見て斜め下――丁度S席のパイプ椅子の群れと、一階席の間の通路から見ていた。
仁王立ちし、腕を組み、眉根を厳しそうにひそめている。
仁王立ちし、腕を組み、眉根を厳しそうにひそめている。
普段天寺は、他人の試合は見ない。
選手として出る者は、対戦相手と共に、自分の体調との戦いでもある。
要は、緊張感。
それによって引き起こされる、疲労である。
天寺はそれを避けるため、普段は自分の試合が始まるギリギリまで控え室に篭もり、精神集中を行っていた。
それは今回も同じで、ほんの五分前まで控え室の長椅子に座り、タオルを頭に被り、目を閉じ手を合わせ、静かに瞑想していたのだ。
――だが、この試合は見ないわけにはいかなかった。
実は天寺はまだ、試合を行っていなかった。
ゼッケン1番なのになぜか。
それは、前回優勝者の天寺にはシード権があるからだ。
毎回大会にはいくつかのシード枠が設けられる。それは前回大会の上位者であり、過去の大会で実績がある者がそこに組み込まれる。
だから天寺の試合は2回戦からだった。
ゼッケン1番なのになぜか。
それは、前回優勝者の天寺にはシード権があるからだ。
毎回大会にはいくつかのシード枠が設けられる。それは前回大会の上位者であり、過去の大会で実績がある者がそこに組み込まれる。
だから天寺の試合は2回戦からだった。
だが、"彼"には実績、というものがない。
だから天寺とは違って1回戦から戦う必要があった。
天寺はそれを見に来ていた。
やつの試合を……遂に見る機会が、来たのだ。
アナウンスが流れる。
『ゼッケン44番、
橘纏』
体が、脈打った。
鉄面皮が、拳を握り締めて壇上に上がってきた。
重苦しい足取りで、静かに下方を睨みながら、湯気が立ちそうなほどの熱量を帯びて、現れた。
相当なウォームアップをしてきたのだろう、その足の一歩一歩が、見事に地に着いていた。
それはまるで体重が倍加しているように見えるほどに。
圧倒的な、存在感だった。
それを、天寺は感じることが出来た。
だが、会場にいた人間のどれだけがそれを感じることが出来ただろうか?
身長は170にも届かず、細身の筋肉は道着を着るとほとんどわからなくなる。
その俯き加減の無表情も重い足取りも、見方によっては緊張してると取れないこともない。
『ゼッケン45番、橋口臨(はしぐち のぞむ)』
その対戦相手である橋口が、まさにそのように考えていた。
空手暦二年の男だ。
最近緑帯を取得し、この県大会に初参加した。
180に近い長身で、髪は背中に届き、天寺と同じように――だがゴムではなく紐で、後ろに一つに束ねている。
運動神経がよく、かろやかな動きや蹴りの速さに彼の先生も舌を巻いていた。
苦労してきたことがない男だった。
この大会も、優勝とかベスト4とかは無理でも入賞――ベスト8くらいには入れるのではないかと思っていた。
そこに、纏である。
身長差は10センチを越えている。
別段ごつい印象もない。
しかも重い足取りで、無表情にマットを見つめている。
別段ごつい印象もない。
しかも重い足取りで、無表情にマットを見つめている。
――一回戦、とっぱ~。
鼻を鳴らした。
向かい合い、審判の指示に従い礼を本部席に向けてと、相手にした。
その間も相手は顔を上げなかった。
笑いを堪えるのが大変だった。
その間も相手は顔を上げなかった。
笑いを堪えるのが大変だった。
ぼうや~、間違って会場に入っちゃったのかなぁ~?
「構えて、」
審判が拳を引き、
「始め!」
橋口は開始と同時に、無造作に近づいた。
間合いだとかタイミングだとか、面倒くさい。
派手にK.Oしてやろう。
こんだけ小さいなら、場外に吹っ飛ばしたり出来ないだろうか?
そういう風にも、橋口は思っていた。
構えもなくまるで歩くようにずんずん近づいていった。
派手にK.Oしてやろう。
こんだけ小さいなら、場外に吹っ飛ばしたり出来ないだろうか?
そういう風にも、橋口は思っていた。
構えもなくまるで歩くようにずんずん近づいていった。
対して纏は、拳を握り顔の高さまで上げ、まだ下を向いていた。
橋口の接近にも動きを見せなかった。
さらに橋口が近づき、一足分の間合いに入ったところで――
物凄い勢いで纏が顔を跳ね上げ、目が、爬虫類のように見開かれた。
それを見て、橋口の背中を恐怖が走りぬけた。
足が竦み、動きが止まった。
前足が吹き飛んだ。
___________________
続きはこちらへ! → 次話へ進む