六十四話「左中段廻し蹴り――左ミドル」
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目次
本編
決勝戦は、音が幕を上げた。
足の甲の部分のサポーターが叩きつけられる、弾けるよう快音が会場に響き渡る。
纏の左足から放たれた閃光のような速攻が、夕人の右のガードの上を直撃したのだ。
纏の左足から放たれた閃光のような速攻が、夕人の右のガードの上を直撃したのだ。
それは相手――夕人のお株を奪うような、強烈無比な左中段廻し蹴りだった。
二人の身長差は激しい。
通常ならば水平に叩きつけられるそれも、纏は自分の肩の高さに蹴り上げていた。
だが、その威力は微塵も衰えを見せていない。
天寺を一撃で倒してのけたあの、最強の技。
その凄まじい衝撃で夕人の空手衣はたなびき、試合場からは埃が舞い上がったようにすら見えた。
二人の姿が交錯している。
それは、時間にすれば1秒にも満たない時間だったに違いない。
だが、それはしばらく時が止まっているようにすら見えた。
纏の姿は美しかった。
右手はぴたりと顔の上に被され、左腕は限界まで後ろに振り切られ、軸足である右足は完全に180度返され、些かのブレもなく真っ直ぐに伸ばした左足の脛を、相手の右腕のガードの上に叩きつけている。
その完璧な一連の動作を行うその表情は、いつものようなどこかボンヤリとした堅いものだった。
夕人は、眉間に僅かにしわを寄せていた。
この蹴りの威力に、少なからず驚嘆しているようだった。
左手は真っ直ぐ前に、右手は締めて、しっかりとアゴと脇を守り、その上に左脚を押し付けられている。
その光景を目にしている天寺の中で、ある一つの疑問が生じていた。
左中段廻し蹴り――左ミドル。
夕人は今までの試合、ガードの上から左ミドルを叩き込む戦法を得意とし、軸としてきた。
それにより間合いを保ち、リズムを保ち、さらに相手のガードすべき腕そのものを破壊するのだ。
対戦相手は夕人が作る間合いの中には踏み込めず、夕人のリズムでの戦いを余儀なくされ、攻め込まれ、気づいた時にはガードする腕も使い物にならなくなっていて――接近しての飛び膝、中段膝、ローの、上中下三択のいずれかで、とどめを刺されるのだ。
よく考えてみれば、驚くほど考えられた隙のない、完成された戦法だ。
だが、纏はサウスポー――右腕前だ。
距離が近くなりすぎて、ある程度の間合いが必要な左の中段廻しで右腕を叩くのは、難しくなる。
軸であり基点である左ミドルが出し辛いとなると、そもそも戦法自体が大きく変わってくるだろう。
――どうするのだろうか?
纏の左ミドルに、夕人は驚いていた。
夕人は今まで、キックボクサーとして日本とタイで三十を超える試合をこなしてきた。
その中で思ってきたことが、日本人のスタイルはほとんどパンチとローということだった。
接近して、ただ無様にその一番単純な技を繰り返す。
ミドルやハイなどの他の蹴りは、まともに蹴れないやつが多い。
だから夕人がラジャダムナンで戦っていた時、その異質さにみな驚いていた。
だが、このミドルはそれに遜色ない。
……それどころか、単純な重さだけならオレより上ではないか、と夕人は眉をひそめていた。
――笑っては、いられないか?
夕人は気持ちを引き締めた。
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