気合一閃

2020年3月21日

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「ッづ……!」

 痛みが膝の内側を走り抜け、視線を下げて足を見た。
 前足である左足が、外に大きく弾かれていた。
 普通のローじゃない。これは――

 その視界に、人影が飛び込んできた。

「な――」

 橋口の目が驚愕に見開かれる。
 一瞬で、一足で、纏が間合いを潰し、橋口の懐に飛び込んできていたのだ。

 ……野郎!
 膝を出そうと足に力を――

 連打が来た。
 高い打点の拳が、胸目がけて嵐のように叩き込まれる。

 体が、太鼓のように激しく振動する。

「――ぐ、お、お、お!」

 まるで石のように、サポーターをつけてないんじゃないかと疑いたくなるほど硬い拳だ。
 それが筋肉を過ぎ、胸骨にぶつかる。
 痛む、軋む。
 やつの、狙い、は……

 ――折る、つもりだ。

「――ヅッ!」

 慌てて両手を胸の前に下げ、十字に組んでガードした。
 その上から拳が一発叩き込まれ、その腕までもが痛んだ。

 ――瞬間、奴の姿が掻き消えた。

 纏は、橋口から見て右方向に体を沈み込ませるという、ボクシングでいうダッキングという技術を使ったのだ。
 そのまま左拳を後方に引き、一気に――

 めり、と肝臓がある右脇腹に叩き込んだ。
 ボクシングでいう、レバーブローだ。

「ぎっ――!」

 橋口が呻き声を上げて顔を出した――刹那。

 ぱん、

 という、何かが弾けたかのような音を立て、纏の右足の甲が橋口の左頬を突き抜けていった。

 ――――なにが……?
 橋口は、最後まで何が起こったのかわからなかった。





『只今の試合は上段廻し蹴りにより、ゼッケン44番、橘纏選手の一本勝ちであります』

 会場にアナウンスが流れる。
 それを、天寺は目を見開いて聞いていた。

 ――――纏……。

 強烈な映像だった。
 前足を吹き飛ばすイン・ロー、胸に拳を畳み掛けるラッシュ、鉤突き――フック一発で首を押し出し、矢のようなハイキックで意識をはじき出す。
 今までも使ったコンビネーションは、その凶暴なパワーを増すことにより、さらにその威力を高めているように見えた。

 だが、それ以上に体の動きが変わっていたのが天寺の注意を引いた。
 以前のような強引な攻撃とは、違っていた。

 体の動きが、速くなっていた。

 蹴りや突きは今までも格段に速かった。
 それは受けた身からしても言い切ることができた。
 だが、体の動き――移動スピードは、それほど特筆すべきものではなかったはず。
 それが、今の動きは――

 相手の橋口は、恐らく纏の姿を何度か見失ったはずだ。
 急激に、緩急をつけて動いた。
 そこから繰り出される攻撃は相手の意表をつき、効果を二倍にも三倍にもしていた。

 あれを、自分がもらったら……それを考えると、天寺の体は白熱していった。

 纏もまた、強くなっていた。



 宴は、2回戦第1試合を迎えていた。
 アナウンスが流れる。

『ゼッケン1番、天寺司』

「しゃあっ!」

 気合一閃、天寺は壇上に飛び上がった。

 やる気が、体中で火を噴いていた。
 体が熱を持って膨れ上がり、今にも弾け飛びそうだった。
 纏の試合から自分の試合まで、二十分。

 モチベーションは、限界まで高まった。
 あとは、放出するだけだ。
 自分の熱で、火傷しそうなくらいだった。

 対戦相手が上がってくる。
 睨みつける。

 力士のような男だった。
 身長は自分と大体同じ――172、3といったところ。

 しかし、横幅が違う。
 腕は丸太のように丸く、足は自分の胴くらいありそうだった。
 体重だけなら、建末より上のように思えた。
 100キロ近くあるかもしれない。

 あの丸い腕で胸や腹を叩かれたら、体が浮きそうだ。
 あの胴ほどある足でローを貰ったら、足がもげそうだ。

 その恐怖が、頭を痺れさせる。
 その緊張感が、体を脈立たせる。

 ――ハァ――ハァ――ハァ――ハァ

 跳ねた。
 手をだらりと下げたまま、何度も真上に高く跳び上がった。
 それはステップというより、お気に入りの玩具の前で地団太を踏んでいる子供のようだった。

 たまらない、我慢できない、奴が――纏が見てるんだ!
 早く。
 早く、早く。早く、早く、早く。
 早く早く早く早く早く早く早く早く――――――――!

「始め!」

 太鼓が鳴った。
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