ゼッケン44番

2020年3月16日

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 それを、天寺は壇上から見て斜め下――丁度S席のパイプ椅子の群れと、一階席の間の通路から見ていた。
 仁王立ちし、腕を組み、眉根を厳しそうにひそめている。

 普段天寺は、他人の試合は見ない。
 選手として出る者は、対戦相手と共に、自分の体調との戦いでもある。

 要は、緊張感。
 それによって引き起こされる、疲労である。

 天寺はそれを避けるため、普段は自分の試合が始まるギリギリまで控え室に篭もり、精神集中を行っていた。
 それは今回も同じで、ほんの五分前まで控え室の長椅子に座り、タオルを頭に被り、目を閉じ手を合わせ、静かに瞑想していたのだ。

 ――だが、この試合は見ないわけにはいかなかった。
 実は天寺はまだ、試合を行っていなかった。
 ゼッケン1番なのになぜか。
 それは、前回優勝者の天寺にはシード権があるからだ。

 毎回大会にはいくつかのシード枠が設けられる。それは前回大会の上位者であり、過去の大会で実績がある者がそこに組み込まれる。
 だから天寺の試合は2回戦からだった。

 だが、"彼"には実績、というものがない。
 だから天寺とは違って1回戦から戦う必要があった。

 天寺はそれを見に来ていた。
 やつの試合を……遂に見る機会が、来たのだ。

 アナウンスが流れる。

『ゼッケン44番、



 橘纏』



 体が、脈打った。

 鉄面皮が、拳を握り締めて壇上に上がってきた。
 重苦しい足取りで、静かに下方を睨みながら、湯気が立ちそうなほどの熱量を帯びて、現れた。

 相当なウォームアップをしてきたのだろう、その足の一歩一歩が、見事に地に着いていた。
 それはまるで体重が倍加しているように見えるほどに。

 圧倒的な、存在感だった。
 それを、天寺は感じることが出来た。

 だが、会場にいた人間のどれだけがそれを感じることが出来ただろうか?
 身長は170にも届かず、細身の筋肉は道着を着るとほとんどわからなくなる。
 その俯き加減の無表情も重い足取りも、見方によっては緊張してると取れないこともない。

『ゼッケン45番、橋口臨(はしぐち のぞむ)』

 その対戦相手である橋口が、まさにそのように考えていた。





 空手暦二年の男だ。
 最近緑帯を取得し、この県大会に初参加した。

 180に近い長身で、髪は背中に届き、天寺と同じように――だがゴムではなく紐で、後ろに一つに束ねている。
 運動神経がよく、かろやかな動きや蹴りの速さに彼の先生も舌を巻いていた。

 苦労してきたことがない男だった。
 この大会も、優勝とかベスト4とかは無理でも入賞――ベスト8くらいには入れるのではないかと思っていた。

 そこに、纏である。
 身長差は10センチを越えている。
 別段ごつい印象もない。
 しかも重い足取りで、無表情にマットを見つめている。

 ――一回戦、とっぱ~。

 鼻を鳴らした。
 向かい合い、審判の指示に従い礼を本部席に向けてと、相手にした。
 その間も相手は顔を上げなかった。
 笑いを堪えるのが大変だった。

 ぼうや~、間違って会場に入っちゃったのかなぁ~?

「構えて、」

 審判が拳を引き、

「始め!」

 橋口は開始と同時に、無造作に近づいた。
 間合いだとかタイミングだとか、面倒くさい。
 派手にK.Oしてやろう。
 こんだけ小さいなら、場外に吹っ飛ばしたり出来ないだろうか?

 そういう風にも、橋口は思っていた。
 構えもなくまるで歩くようにずんずん近づいていった。

 対して纏は、拳を握り顔の高さまで上げ、まだ下を向いていた。
 橋口の接近にも動きを見せなかった。
 さらに橋口が近づき、一足分の間合いに入ったところで――

 物凄い勢いで纏が顔を跳ね上げ、目が、爬虫類のように見開かれた。

 それを見て、橋口の背中を恐怖が走りぬけた。
 足が竦み、動きが止まった。

 前足が吹き飛んだ。
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