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“名人”三船久蔵 嘉納治五郎と講道館支えた神業空気投げ、隅落の実際に迫る!

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

名人

柔道史上、おそらくは最も著名にして、最も偉大な功績を残したとも言える、至高の武道家だろう。

その異名は凄まじいものがある。

柔道の神様。

理論の嘉納、実践の三船と謳われ、その功績を讃えた記念館も建てられている。

柔道としても最高位である十段を授けられ、名人の称を受けたという。

私も長年格闘技、そして武道を携わり、研究を続けているが、武道史上において名人の名を冠した人間と言うのは非常に稀だと言える。

武道の分野において、到達すべきはその名の通りの、達人の領域だからだ。

名人は、基本的には、囲碁、そして将棋の領分だと言える。

私もその題名を聞き、その存在を知っていたが、しかしその実態を測りきれずにいた。

しかしある日ふと思い至り、そして調べるうちに、痛烈なまでに胸を打ついくつもの逸話、そしてその技の実態を知るに至った。

身長159センチ、体重55キロ。

私も多くの小柄な武道家と言うものを見て起きたが、その中でも三船久蔵はもっともといえるほどの部類に入るかもしれない。

極真空手と言えば、第17回全日本大会で後の世界チャンピオンに輝く松井章圭と命の奪い合いのような壮絶な戦いを演じた堺貞夫が、その体格に近しいと言える。

三船久蔵はインタビュー記事の中で、その時点での御年82歳までの、65年間、ただの1日も稽古を怠った日はないと言う。

65年間、23,725日間、連続の修練

つまり休んだ日は、事実一日もなく、六十五年間皆勤ということ、と。

それを聞き、私は全身が総毛だつのを感じた。

ありえない。

どんな格闘家、武道家、スポーツ選手も、そんな人間は私の知る限り存在していない。

もちろん私も極真空手を20年以上続けているが、そんなありえない事は当たり前に実現できない。

単純に1週間以上続けるのだって、連続で稽古し続ければ疲労が蓄積するし、付き合いだってあるし、遊びに行ったり、旅行に行ったり、飲みに行ったり、そういったことも存在する。

家族にねだられたり、親友との交流や、恋人との甘いひととき、そうでなくたって趣味や仕事やその他諸々で、どうしても時間が作れない時はあるものだ。

さらに言えば人間というものは情熱を注ぐ時間というものは決まっていると言う話で、基本的にはどんなに心血注いだものも、10年を境に1度熱が冷めてしまうと言う。

もし仮にほとんどありえないと言うレベルだが、そういったものを常人では計り得ないような意志の力で押さえつけて、稽古を続けたとしても、人間には体調の波、バイオリズムと言うものが存在する。

体を痛めたり、体調崩したり、風邪をひいたり、その他諸々の病に犯されたり、そういった場合当然だが、稽古は休まざるを得ないだろう。

名人とまで称される柔道の極致に立つ人間が、生半可な稽古を収めているはずがないから、当然その修練と言うものは激しさを極めるものだろう。

その中で、全く怪我をせず、体調を崩さず、病に犯されないということがあり得るのか?

それにそれだけの功績を収めた方なら、知人の結婚式、就任式、イベントなり、そういったものに出席することも大変に多くあったと言う事は想像に難くない。

そんな丸一日を使うような祭事に足を運んだ後、もしくはその前に、稽古をしたと言うのか?

そこに私は、当たり前の勤勉さなど言うまでもなく、さらには必死さ、いやもはや執念と言える領域さえを超越した、どこか我々とは隔絶した次元と言うものを感じざるを得なかった。

65年間、23,725日間、連続の修練。

そこに彼は、何を見たのだろうか?

彼はそこに、何を見出したのだろうか?

日々の積み上げなどと言う生易しい言葉では当然補完できるものではない、日常を超えて――

昔どこかで聞いた故事に、老齢を迎えた弓兵が、ある日弓を見たときにその使い方がわからないといった、そういった領域が存在したと言う。

彼にとっての、柔の道とは――

不敗神話

そして彼が語った言葉に、武道とさはに勝つこと、と言うものがある。

人に勝つということを、三船久蔵はただの一度も考えたことはないという。

どれほどの力を持つかわからない相手であっても、自分さえ負けなければ敗れる事は無い。

だからこそ絶えず自分に勝ち続けることだけを目標として修行してきた。

その結果として三船久蔵は、ただの1度も人に敗れる事はなかったと言う。

そのあり方は、どこまでも武道家のそのものだった。

試合と言うものが当たり前に存在する現代とは違う、自分を見つめ、見つめ続け、磨き続け、勝ち続ける、その果てに、誰にも負けない名人の領域に達したと言うことか――

そんな彼も若かれし頃は合法磊落そのもので、鬼の横山と歌われた横山作次郞のもとに柔道家になりたいと尋ねると、紹介状がないからと突っぱねられ、しばらく考えたあげくそのまま引き返し、当時の講道館の雑誌を突き出して、

「これは私たち地方の青年が、講道館柔道というものを教えられた雑誌です。 私は、これを見て、講道館に学びたくてまいりました。 だから、この雑誌が紹介者です」

とまくしたて、面白い奴だ上がれ、と講道館の弟子入りをまんまと認めさせてしまう段取りとなる。

そんな鬼横山も、三船久蔵を指導すること3度目には、もう稽古をつけることは何もない。 俺もおよばない、と言わせたから凄まじいエピソードと言えるだろう。

血気盛んだったと言う若い頃は、いっぱい飲んではその鬼横山と乱闘騒ぎを起こし、三十人のやくざを相手にし、5、6人投げ飛ばして相手を逃げ回らせたと言うから逸話もある。

そして彼を語る上で欠かせないのが、常住坐臥、常に武道のことを考えた末にたどり着いた、その極致だろう。

常に武道のことを考え続け、一説によると畳で寝るべきかベッドで寝るべきかと言う、そういった生活に密接な生き方にまでその考えは呼び、合理的・科学的な技の掛け方を研究し、その果てで極まった探求。

隅落――空気投げ

相手に一指も触れず、気合によって敵を倒す技。

私のようなものにとっては夢物語、夢想だにすることすら難しい考えだが、それを三船久蔵は考え、探し、そしてその果てで、その一端を担う技をついに閃き、編み出してしまう。

隅落とし。

その名前は嘉納治五郎が名づけ、それが世間に知れ渡ると別名、空気投げと言う名前が定着した。

本人としては指1本触れずに投げ飛ばしたかったが、おそらくは妥協点として、それに近い形として、

手だけを触れ――

両袖を取り、相手が動くその瞬間に身を低め、相手を押し上げ、その中心を奪う。

おそらくは武道に通じていない方が聞いたらさっぱり要領をつかめないだろうその理論、極意により、文字通り空気を投げるが如き神業は完成した。

その原理を三船久蔵は、

「太陽はまるい、球の地球も回っている。人間もまるければ無事だ。要はバランスがとれておれば自然の法則に合う。押さば回れ、相手が飛べば押せ、引かば斜めに押して出よ、斜めは円の最初の動きだ、斜めに出れば相手も斜めになり重心がずれる。その一瞬をとらえて押す」

と語ったと言う。

しかしその武道の極致とも言える神業も、当初はその論理を理解できない者たちからすれば、単に小柄な三船久蔵がスイスイと体をかわすだけで相手選手が面白いように転がっているように見受けられ、当時の高段者達からは冷やかに見られていたといい、

彼自身も対等の相手に対しての有用性については、一抹の疑念を抱いていたらしい。

しかし1930年11月に開催された第1回全日本柔道選士権での特別模範試合において、若き日には前田光世・轟祥太と共に講道館三羽烏と評われ、後に三船久蔵と同様に十段となり講道館柔道殿堂入りを果たす、当時7段の佐村嘉一郎と相対し、そこで初めて2万人の大観衆の前でを披露!

一本勝ちを収め、その技の効果を証明し、会場の明治神宮外苑相撲場は大きな拍手に包まれたという。

三船久蔵のその武道に対する取り組み、向き合い方、そして到達した領域、その深淵は深く、未だ私は到底その全域を把握することすらできてはいないだろう。

それについて恐れ多くも語らせていただく場合も、とても一度では事足りるわけもなく、今回はその稽古に対する向き合い方、そして最も有名であろう隅落、空気投げについてのそれに限らせていただいた。

おそらくは武道の、その特異点とも言える、その立ち位置に当たるであろう、まさに日本が誇る宝、三船久蔵。

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