七十話「限界を越えて」

2020年7月23日

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 天寺は、道場の隅で哲侍と向かい合っていた。

 その後方では、烈しい組み手稽古が行われている。
 野獣さながらの気合い声と、打撃音。
 それと対照的に二人は、別次元の世界のように静かに佇んでいた。

 前蹴りを教授してもらった時と、まったく同じ状況。
 それに天寺は、奇妙な運命と、ある種の皮肉を感じていた。

 あの時は、纏を倒すために新たな技を伝授された。
 しかし今から伝授されるのは、纏の仇をとるための技のはずだ。
 僅か半年の間にこれとは……天寺は思わず、笑みを浮かべていた。

 しかしそれにも、哲侍は表情を変えない。
 厳しい表情で腕を組み、天寺を見つめている。

 その真剣さに、天寺も表情を引き締めた。

 大会から、二週間が経っていた。
 その間に天寺の傷は医者の見立て通り完治し、その報告をしたところこの状況になっていた。

 しかし哲侍は天寺を呼び出してから、一言も言葉を発していなかった。
 こうして、もう5分がたつ。

 一体、どうしたのか――

「2ヶ月だ」

「…………は?」

 それに一瞬、天寺は理解が追いつかなかった。
 前おきなく発された、哲侍の2ヶ月という言葉。
 それは一体――

「"試合まで"、2ヶ月だ」

「な――――」

 今度は衝撃が、天寺を襲った。

 2ヶ月……

「どうだ、どうにかなりそうか?」

 哲侍は天寺に問いかける。
 それに天寺は俯き、考えたが、出てきた答えは残酷なものだった。

 ――――無理、だ……

 天寺は前蹴りを練習していた頃を思い出していた。
 その時は成果が出始めるまで4ヶ月、実戦でものになるまでリミットいっぱいの5ヶ月かかった。
 2ヶ月というと、ちょうど成果が出ないことで苦しんでいた――一番ダメな時ではないか?
 大体そんなに短い時間で勝てるというのなら、誰もがチャンピオンになれる。

 ……ダメ、なのか?

 肩を落とした。
 手など、無いと思った。
 たった2ヶ月で、完敗した相手に勝てるようになる。
 そんな魔法のような方法など、そんなものどこにも――

「司」

 そこに、哲侍が声をかけてきた。
 ハッ、として天寺が顔を上げると、そこには今までにないほど厳しい顔をした橘師範がいた。

「…………!」





 その迫力に、息を呑む。
 どんな時でも――息子である纏がやられた時ですら顔をしかめなかった橘師範が、眉に力を込めている。
 その様は強烈で、天寺はこれから行われることを思って、喉を鳴らした。

 重苦しい声が、再び響く。

「司。お前は……"あれ以上"の稽古に、耐えられるか?」

 その言葉で、魔法のように天寺の目は見開かれた。
 頭を、ハンマーで殴られたような衝撃が、襲っていた。

 あれ、以上……

 それはつまり、前蹴りの練習をしていた頃の稽古をさしている。
 汗で、意識が遠のいた。
 体調不良で、ゲロを吐いた。
 それでも、足掻くように稽古しまくった。

 師範は今、それを"越える"稽古が出来るか? と自分に問うているのだ。

「…………」

 冷や汗が、頬を流れた。
 喉が渇き、張り付いて息ができなくなった。

 拳を、握る。

 ――だが、それが出来なければ、やつには勝てないのだ。
 纏の仇を、討てないのだ。

「……ぁ、っ……は……ぁ」

 乾いた喉を無理やり動かし、声を出そうとした。
 恐怖が、それを抑圧しようとする。
 それに、必死に抵抗する。
 また、抑圧される。

 ――――怖い。

 あれを越える稽古など、想像も出来なかった。
 したくも、なかった。
 だが、それをしなければ……

 ジレンマだ。

 ――――ええい!

 もう何も考えずに、声だけを出すことにした。

「……ぉひゅ」
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