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七十話「限界を越えて」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 天寺は、道場の隅で哲侍と向かい合っていた。

 その後方では、烈しい組み手稽古が行われている。
 野獣さながらの気合い声と、打撃音。
 それと対照的に二人は、別次元の世界のように静かに佇んでいた。

 前蹴りを教授してもらった時と、まったく同じ状況。
 それに天寺は、奇妙な運命と、ある種の皮肉を感じていた。

 あの時は、纏を倒すために新たな技を伝授された。
 しかし今から伝授されるのは、纏の仇をとるための技のはずだ。
 僅か半年の間にこれとは……天寺は思わず、笑みを浮かべていた。

 しかしそれにも、哲侍は表情を変えない。
 厳しい表情で腕を組み、天寺を見つめている。

 その真剣さに、天寺も表情を引き締めた。

 大会から、二週間が経っていた。
 その間に天寺の傷は医者の見立て通り完治し、その報告をしたところこの状況になっていた。

 しかし哲侍は天寺を呼び出してから、一言も言葉を発していなかった。
 こうして、もう5分がたつ。

 一体、どうしたのか――

「2ヶ月だ」

「…………は?」

 それに一瞬、天寺は理解が追いつかなかった。
 前おきなく発された、哲侍の2ヶ月という言葉。
 それは一体――

「"試合まで"、2ヶ月だ」

「な――――」

 今度は衝撃が、天寺を襲った。

 2ヶ月……

「どうだ、どうにかなりそうか?」

 哲侍は天寺に問いかける。
 それに天寺は俯き、考えたが、出てきた答えは残酷なものだった。

 ――――無理、だ……

 天寺は前蹴りを練習していた頃を思い出していた。
 その時は成果が出始めるまで4ヶ月、実戦でものになるまでリミットいっぱいの5ヶ月かかった。
 2ヶ月というと、ちょうど成果が出ないことで苦しんでいた――一番ダメな時ではないか?
 大体そんなに短い時間で勝てるというのなら、誰もがチャンピオンになれる。

 ……ダメ、なのか?

 肩を落とした。
 手など、無いと思った。
 たった2ヶ月で、完敗した相手に勝てるようになる。
 そんな魔法のような方法など、そんなものどこにも――

「司」

 そこに、哲侍が声をかけてきた。
 ハッ、として天寺が顔を上げると、そこには今までにないほど厳しい顔をした橘師範がいた。

「…………!」





 その迫力に、息を呑む。
 どんな時でも――息子である纏がやられた時ですら顔をしかめなかった橘師範が、眉に力を込めている。
 その様は強烈で、天寺はこれから行われることを思って、喉を鳴らした。

 重苦しい声が、再び響く。

「司。お前は……"あれ以上"の稽古に、耐えられるか?」

 その言葉で、魔法のように天寺の目は見開かれた。
 頭を、ハンマーで殴られたような衝撃が、襲っていた。

 あれ、以上……

 それはつまり、前蹴りの練習をしていた頃の稽古をさしている。
 汗で、意識が遠のいた。
 体調不良で、ゲロを吐いた。
 それでも、足掻くように稽古しまくった。

 師範は今、それを"越える"稽古が出来るか? と自分に問うているのだ。

「…………」

 冷や汗が、頬を流れた。
 喉が渇き、張り付いて息ができなくなった。

 拳を、握る。

 ――だが、それが出来なければ、やつには勝てないのだ。
 纏の仇を、討てないのだ。

「……ぁ、っ……は……ぁ」

 乾いた喉を無理やり動かし、声を出そうとした。
 恐怖が、それを抑圧しようとする。
 それに、必死に抵抗する。
 また、抑圧される。

 ――――怖い。

 あれを越える稽古など、想像も出来なかった。
 したくも、なかった。
 だが、それをしなければ……

 ジレンマだ。

 ――――ええい!

 もう何も考えずに、声だけを出すことにした。

「……ぉひゅ」
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