五十七話「硬い骨」
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目次
本編
夕人が構えている。くん、くん、と上下にリズムを取っている。
拳を握った状態で、手の平側を天寺に向けている。
左手を前方に突き出し、右手を顔のすぐ傍におき、脇を締める。
右足をべったりと地に着け、膝を伸ばす。
左足を爪先だけで着けたり上げたりして、リズムを取っている。
左手を前方に突き出し、右手を顔のすぐ傍におき、脇を締める。
右足をべったりと地に着け、膝を伸ばす。
左足を爪先だけで着けたり上げたりして、リズムを取っている。
ムエタイ式の構え。
それを見て、天寺は思う。
――オレの構えに、似てる。
対する天寺も左手を前に出す。
しかし手は拳ではなく、掌だ。
右手も夕人と同じように顔のすぐ傍において、脇を締める。
前足である左足は、ゆったりと床につける。
射馬の構え。
静かな始まりだった。
お互いに、動かない。
まるでそれぞれが、相手が来るのを待っているようだ。
10秒ほどは、まったく動きがなかった。
緊張感が、会場を包む。
夕人が先に動いた。
スッ、とまったく構えを崩さず前に出て、ローを飛ばす。
叩きつけるような、直線的な右ロー。
それを天寺は、脛で受けた――が。
――――硬(か)っ、て……!
顔をしかめた。
受けた脛が、受けたはずなのに痛んでいた。
まるで鉄パイプで殴られたような衝撃だった。
これで本当にサポーターを付けてるのか……7ヶ月前の、纏との戦いを思い出した。
つづいて、左ミドルが飛んでくる。
脇を締めて、それに備える。
ガツン、と脇を締めている腕の骨を直撃した。
体が一瞬、浮く。
骨が軋みを上げて、痺れて、一瞬感覚がトんだ。
――これか。
これが……建末の動きを一発で止めた、左ミドルか。
さらに連打がきた。
蹴り足をスイッチ――前足と後ろ足を入れ替える事により、左ミドルを連発してくる。
二つ、強烈な威力に体全体が揺さぶられる。
三つ、堪え切れず、体の軸が崩される。
「――ちぃ!」
四つ目が来るタイミングに合わせて、右前蹴りを腹に放った。
膝を上げながら畳み込み、腰を入れて、スナップを十分にきかせて――
ドスッ、と道着の上から中足が腹にぶつかる――が。
――貫けない?
硬かった。
まるで腹筋の形をした杉板を蹴ったような感触だ。
余分な脂肪、というものがまるでない。
脛の硬さといい、こいつの体は鉄で出来ているのか?
戦慄が、天寺の体を包むのを感じた。
「……シッ!」
夕人が吠えた。
瞬間、天寺は左足に衝撃を感じ――
そのまま、頭がマットにぶつかった。
ぐるりと視界が半回転した。
左側にあった観客席が右にいき、右側にあった観客席が左にいき、天井のスポットライトが地に落ちて、床のマットが天に覆いかぶさり、頭に乗っかった。
上下感覚が喪失し、自分がどこにいるのか忘れる。
ただ頭が揺れているという実感のみが残り、目の前にある相手のやたらと白い剥き出しの素足を見て、自分が試合の最中だったことを思い出した。
あの瞬間。
天寺が右前蹴りを放ったタイミングを狙って、夕人が右のイン・ローを、軸足になってる左足に叩き込んだのだ。
それはさながら、柔道の足払いのようだった。
それで天寺は今、床に転がっていた。
倒れたまま天寺は、夕人を見上げた。
スポットライトの逆行で、その全身は黒く染まっていた。
その姿は巨大で、まるで地獄の番人のよう。
手をつき、膝を立てた。
蹴られた左足の足首に、鈍い痛みを感じた。
軽く捻ったか?
軽く捻ったか?
手でマットを押し、立ち上がった。
負けるわけに、いかない。
決勝で、纏と戦うのだ。
「続行!」
主審の声が響いた。
その様子を、纏は腕を組み、赤コーナーの次の選手が待つためのパイプ椅子に座りながら、見つめていた。
いつもと変わらぬ、無表情だった。
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