五十七話「硬い骨」

2021年11月7日

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目次

本編

 夕人が構えている。くん、くん、と上下にリズムを取っている。

 拳を握った状態で、手の平側を天寺に向けている。
 左手を前方に突き出し、右手を顔のすぐ傍におき、脇を締める。
 右足をべったりと地に着け、膝を伸ばす。
 左足を爪先だけで着けたり上げたりして、リズムを取っている。

 ムエタイ式の構え。
 それを見て、天寺は思う。

 ――オレの構えに、似てる。

 対する天寺も左手を前に出す。
 しかし手は拳ではなく、掌だ。
 右手も夕人と同じように顔のすぐ傍において、脇を締める。
 前足である左足は、ゆったりと床につける。

 射馬の構え。

 静かな始まりだった。
 お互いに、動かない。
 まるでそれぞれが、相手が来るのを待っているようだ。

 10秒ほどは、まったく動きがなかった。
 緊張感が、会場を包む。

 夕人が先に動いた。

 スッ、とまったく構えを崩さず前に出て、ローを飛ばす。
 叩きつけるような、直線的な右ロー。
 それを天寺は、脛で受けた――が。

 ――――硬(か)っ、て……!

 顔をしかめた。
 受けた脛が、受けたはずなのに痛んでいた。

 まるで鉄パイプで殴られたような衝撃だった。
 これで本当にサポーターを付けてるのか……7ヶ月前の、纏との戦いを思い出した。

 つづいて、左ミドルが飛んでくる。
 脇を締めて、それに備える。

 ガツン、と脇を締めている腕の骨を直撃した。
 体が一瞬、浮く。
 骨が軋みを上げて、痺れて、一瞬感覚がトんだ。

 ――これか。

 これが……建末の動きを一発で止めた、左ミドルか。

 さらに連打がきた。
 蹴り足をスイッチ――前足と後ろ足を入れ替える事により、左ミドルを連発してくる。

 二つ、強烈な威力に体全体が揺さぶられる。
 三つ、堪え切れず、体の軸が崩される。

「――ちぃ!」

 四つ目が来るタイミングに合わせて、右前蹴りを腹に放った。
 膝を上げながら畳み込み、腰を入れて、スナップを十分にきかせて――

 ドスッ、と道着の上から中足が腹にぶつかる――が。

 ――貫けない?

 硬かった。
 まるで腹筋の形をした杉板を蹴ったような感触だ。
 余分な脂肪、というものがまるでない。

 脛の硬さといい、こいつの体は鉄で出来ているのか?
 戦慄が、天寺の体を包むのを感じた。

「……シッ!」

 夕人が吠えた。
 瞬間、天寺は左足に衝撃を感じ――

 そのまま、頭がマットにぶつかった。

 ぐるりと視界が半回転した。
 左側にあった観客席が右にいき、右側にあった観客席が左にいき、天井のスポットライトが地に落ちて、床のマットが天に覆いかぶさり、頭に乗っかった。
 上下感覚が喪失し、自分がどこにいるのか忘れる。
 ただ頭が揺れているという実感のみが残り、目の前にある相手のやたらと白い剥き出しの素足を見て、自分が試合の最中だったことを思い出した。

 あの瞬間。
 天寺が右前蹴りを放ったタイミングを狙って、夕人が右のイン・ローを、軸足になってる左足に叩き込んだのだ。

 それはさながら、柔道の足払いのようだった。
 それで天寺は今、床に転がっていた。

 倒れたまま天寺は、夕人を見上げた。

 スポットライトの逆行で、その全身は黒く染まっていた。
 その姿は巨大で、まるで地獄の番人のよう。

 手をつき、膝を立てた。
 蹴られた左足の足首に、鈍い痛みを感じた。
 軽く捻ったか?

 手でマットを押し、立ち上がった。

 負けるわけに、いかない。
 決勝で、纏と戦うのだ。

「続行!」

 主審の声が響いた。





 その様子を、纏は腕を組み、赤コーナーの次の選手が待つためのパイプ椅子に座りながら、見つめていた。
 いつもと変わらぬ、無表情だった。
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