六十八話「叫び」
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目次
本編
そして、未だ天井を仰いで薄ら笑いを浮かべている夕人に、ハイキックを放った。
しかし、そのハイキックはスローモーションのように緩やかで、力がなく、その上高さも足りておらず、夕人の肩に触れたところで、その勢いを止めた。
しかし、そのハイキックはスローモーションのように緩やかで、力がなく、その上高さも足りておらず、夕人の肩に触れたところで、その勢いを止めた。
夕人が纏に気づいた。
ギョロリ、と視線を移す。
その時、会場中の人間が思った。
――この場合、ルール上ではどうなるのか?
しかし次の瞬間、その考えがいかに愚かだったか、思い知った。
「お前さ、」
夕人が無表情に纏を凝視したまま、乾いた声で呟き――
拳サポーターを外した。
会場中に、戦慄が走った。
こいつが次に何をするか、わかってしまったからだ。
誰もが思った。
待――
「うざいよ」
ごん、と纏の頭が、殴り飛ばされた。
素手で、だ。
歯を砕かれ、血の海に沈みながら、相手の反則に抗議することもなく続行した纏の頭を、こともあろうか拳サポーターを外した"素手で"、殴り飛ばしたのだ。
会場中が、怒りに包まれた。
火のような怒りはセコンドで特に激しく燃え盛り、その最たるものである天寺が先頭を切って飛び出そうとした、その時。
一つの人影が、試合場に現れた。
その人影が、叫んだ。
「あんた、何やってんのよッ!!」
朱鳥だった。
空手関係者より、セコンドより、天寺より。誰より早く、風のように壇上に上がったのは、今回初めて格闘技を見た、ただの兄の付き添いだったはずの、神薙朱鳥だったのだ。
叫ぶ。
「そんなことして、みんながあんたを認めるとでも思ってんのッ!」
――止まらなかった。
朱鳥は試合場で叫びながら、心の中でも叫んでいた。
朱鳥は二人――天寺と纏の戦いを見てきて、考えが大きく変わりつつあった。
今まで蔑んでいた強さ、というものが、それぞれが秘めたる美しさ、誇り、魂を見ているうちに、素晴らしく思えるようになってきていた。
要はその人次第なのかもしれないと、そう思えるようになってきていた。
朱鳥は二人――天寺と纏の戦いを見てきて、考えが大きく変わりつつあった。
今まで蔑んでいた強さ、というものが、それぞれが秘めたる美しさ、誇り、魂を見ているうちに、素晴らしく思えるようになってきていた。
要はその人次第なのかもしれないと、そう思えるようになってきていた。
それになにより、双子の兄である遥の――永らく見なかった前向きな変化を、本当に嬉しく思っていた。
そこで、最後にこれを見せられてしまった。
夕人の、最後にして最悪の、反則。
負けそうになったらルールなど関係なく、強さで我が儘を押し通す。
これでは結局、強さは醜悪なもの、ということになってしまう。
荒々しく、真っ黒で、ガキみたいに我(が)を押し通すことしか知らない。
それを、こいつが最後の最後に見せてしまった。
それが、たまらなく許せなかった。
みなで作りあげた、死力を尽くして盛り上げた宴が、最後のファイヤーストームでその火が周りに燃え移り、大惨事になってしまったようなものだ。
最悪の、ケチだ。
それが、許せなかった。
「顔を殴るなって、パンフレットにだって書いてあんでしょ! 何でわかんないの、選手でしょあんた! 最初に確認してこいって話よ! 決勝戦でそんなこと、しないでしょ!」
自分でも、何を言ってるのかわからなくなりつつあった。
でも、止まらなかった。
止まれなかった。
怒りだけが、口から際限なく出た。
「あんたみたいなやつ、出てこないでよ! あんたみたいなやつが、親をナイフとかで刺すのよ! ガキじゃないんだから、自分の思い通りいかなかったからって、キレないでよ! これはもっと神聖なものなのよッ!!」
「うむ、その通りだな」
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