三十四話「一撃」
最初から読みたい方はこちらへ! → 初めから読む
___________________
本編
そう。
天寺の中で、あの組み手によって変わったものがあった。
火のような、闘争心。
足掻くような、必死さ。
粘着質な、勝ちへの欲求。
全て、纏との戦いがもたらした。
「そしてお前の頑張りが、私にも見て取ることが出来た。だから私は、お前にこの蹴りを教えることを決めた。それだけの覚悟を持って、お前は覚えろ。途中で投げ出すな。男なら、やり遂げろ。わかったか!」
「押忍!」
師範の気持ちが、今わかった。
それだけの期待を今、天寺は背負う決心がついた。
「一撃だ」
哲侍は宣言した。
「捌けるなら捌いて構わん、腹には力を入れておけ!」
「押忍!」
返事をした――それは直後だった。
バス、と紙袋を叩いたような音がした。
目の前の哲侍は、構えを取っていない。
上半身はブレてすらいない。
だがその右脚は、こちらに向けて真っ直ぐに突き出されており、その足先は――自分の鳩尾に、くるぶしの辺りまで深々とめり込んでいた。
「うぐ」
天寺は、蛙が車に潰された時のようなくぐもった声を上げた。
なにか硬く、先端が丸い棒状のもので下から突き上げられた。そんな感覚だった。
「……んぐうぅぅ!」
膝をつく。
胃袋が、強烈に収縮している。
前のめりになって、腹を抱えた。
暴れ回る胃液がそのまま痛みとなり、腹部を蹂躙している。
あまりの辛さに、今すぐ転げ回りたい気分になった。
――それは、出来なかった。
纏との組み手の時に、既にその醜態は晒したのだ。
あんな真似――二度も出来るかっ!
「…………ッ!!」
膝をつき、屈んだ体勢で、震える体と痛む腹を手で抑えつけながら、天寺は顔を上げた。
そして目の前にいる哲侍を、挑むように睨みつける。
それに応えるように、哲侍は天寺を見つめる。
「通常言われている蹴り方。一旦足を胸の高さくらいまで上げて、足の裏全体で押し込むように蹴るものと違いこの蹴りは、足を上げる動作の最中で膝を畳み込み、そのまま下から弾くように指の付け根である中足を叩き込む。そのため動作が極端に少なく、打撃点が小さい、刺すような蹴り方が可能になる」
痛み、震える体を抱きながら、天寺は驚嘆していた。
この蹴りは、凄い……。
足を上げながらの、最小限の動きでの技の起動。
それ故、技の起点であるモーションが一切見えない。
だから気づくことも、ガードすることも非常に難しい。
しかも正面から体を捻らずに蹴っている。
それはつまりこの蹴りが、左右での連打が可能であると言うことを示していた。
連打が可能ならば、元来単発であるはずの他の蹴りと違い、それのみで闘いを組み立てたり、押し込むことが可能となる。
突きとの打ち合いにも、対抗しうる武器になる。
威力に関しては、この通り。
「どうだ、空手の前蹴りは?」
「す……すごい、です……っ」
「中段でも、倒せるだろう?」
「お……押忍」
「覚えたいか?」
――覚えたい。
これを覚えれば、対纏戦での切り札になる。
「……お願い、しますっ!」
哲侍はその応えに、満足そうに口の端を吊り上げる。
それに天寺は、身構える。
果たしてこらから、自分どんな奇怪な練習法を聞かされるのか?
昔の忍者は土に潜ったり、池の上を歩いたりしていたそうだが、そういう類のものが空手にもあるんだろうか?
そして哲侍は、その練習法を告げた。
___________________
続きはこちらへ! → 次話へ進む