二十六話「一本負け」

2020年4月26日

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 硬い骨だった。
 サポーター越しだというのに、まるで皮や肉を押しのけて、骨そのものがぶつかってきたような、そんな感触があった。

 筋肉が無いわけじゃない。
 当然だ。
 あの小さい体で、あれだけの威力を持つのだ。
 筋力は凄まじい物がある。

 そうではなく、筋肉をギリギリまで絞り込んでいるのだ。
 その上で、骨を徹底的に鍛えている。
 だからこそガードの上からでも骨が痛んだ。

 その骨から繰り出される、実践的な技の数々。

 中間距離からの、矢のようなイン・ローとハイキック。
 接近してからの、散弾銃のようなパンチと膝蹴りとローキックによるラッシュ。

 そして、それを三分間休みなしに続けられる、底無しのスタミナ。

 どれも天寺が戦ってきた相手は持っていなかった、未知のものだった。
 そして、それは天寺の経験を、要領を、越えるものがあった。
 理解を、超えるものがあった。

 それでもまだ、勝てると思っていた。
 致命傷は受けない自信があったし、事実イン・ロー以外はまともに貰わなかった。
 そして、あの連打という性質上、徐々に纏の攻撃は単純化していった。
 いつも通りに、頭のいい自分の勝ちだと思っていた。

 そこにあの、左ミドルだ。

「……あれは反則だよな」

 天寺は顔の上に自らの右手を被せる。





 イン・ロー、ハイとロー、膝、突きで、中間距離の中段への蹴りはないと思わせて、あれだ。
 しかも自分が後ろ回し蹴りにいく時のモーションを盗まれ、狙われた。

 完全に裏をかかれた。

 この自分が、裏をかかれたのだ。

「あーあ……」

 右手を頭へと移し、くしゃくしゃとかきむしる。

 天寺はそれまで、相手に裏をかかれる経験がなかった。
 頭脳戦によって相手の裏をかき、顔面に蹴りを入れることで勝ってきたのだ。
 それが今回はお株を奪われた形、それが悔しくて――嬉しい。

 それも、中段で。

 中段での一本――K.Oというのは、空手の世界において最も難しい。

 一番多いのはやはり上段――顔面への蹴りだ。
 顔というものは人間鍛えようがない。
 首を鍛えてショックを吸収する、という方法もあるにはあるが、蹴りの力は腕の三倍だ。
 当てることこそ難しいが、当たればその威力に耐え切れず、マットに沈むことになる。

 次は下段だ。
 腕の三倍の力を持つ足を一番活かすには、最も近く低い位置――相手の足、太腿を蹴り込むことだ。
 その威力は上段、中段の比ではない。

 そして下段廻し蹴り――ローキックは、最も受けづらい蹴りでもある。
 膝を上げる、という行為は、同時に攻撃を放棄する、という意味合いも含む。
 どんな攻撃も前足に体重を乗せてこそ成り立つものだからだ。

 この関係上、中段への蹴りは最も半端な蹴りだという認識がなされているところがある。
 だから天寺も、あまり好まなかった。

 その蹴りで、天寺は倒されたのだ。
 人生初の、完全な一本負けだった。

 ダメージを負ったことや技あり――ボクシングにおけるダウン相当の判定は受けたことはある。
 しかし、一本負けは初めてだ。
 そもそも、ここまでクリーンヒットされた事が今までろくにない。

 その技――左中段廻し蹴り。

 ずくん、と天寺の中で猛る物がある。
 左からの中段への攻撃は、特に警戒が必要なのだ。

 人間左の脇腹には特に危険はないが、右には肝臓がある。
 だからここを強打されると、衝撃が内蔵にまで伝わり、強い苦痛を味わうハメになる。
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