六十八話「叫び」

2020年7月9日

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 そして、未だ天井を仰いで薄ら笑いを浮かべている夕人に、ハイキックを放った。
 しかし、そのハイキックはスローモーションのように緩やかで、力がなく、その上高さも足りておらず、夕人の肩に触れたところで、その勢いを止めた。

 夕人が纏に気づいた。
 ギョロリ、と視線を移す。

 その時、会場中の人間が思った。
 ――この場合、ルール上ではどうなるのか?

 しかし次の瞬間、その考えがいかに愚かだったか、思い知った。

「お前さ、」

 夕人が無表情に纏を凝視したまま、乾いた声で呟き――

 拳サポーターを外した。

 会場中に、戦慄が走った。
 こいつが次に何をするか、わかってしまったからだ。

 誰もが思った。
 待――

「うざいよ」

 ごん、と纏の頭が、殴り飛ばされた。
 素手で、だ。

 歯を砕かれ、血の海に沈みながら、相手の反則に抗議することもなく続行した纏の頭を、こともあろうか拳サポーターを外した"素手で"、殴り飛ばしたのだ。

 会場中が、怒りに包まれた。
 火のような怒りはセコンドで特に激しく燃え盛り、その最たるものである天寺が先頭を切って飛び出そうとした、その時。

 一つの人影が、試合場に現れた。

 その人影が、叫んだ。

「あんた、何やってんのよッ!!」

 朱鳥だった。

 空手関係者より、セコンドより、天寺より。誰より早く、風のように壇上に上がったのは、今回初めて格闘技を見た、ただの兄の付き添いだったはずの、神薙朱鳥だったのだ。

 叫ぶ。





「そんなことして、みんながあんたを認めるとでも思ってんのッ!」

 ――止まらなかった。
 朱鳥は試合場で叫びながら、心の中でも叫んでいた。

 朱鳥は二人――天寺と纏の戦いを見てきて、考えが大きく変わりつつあった。
 今まで蔑んでいた強さ、というものが、それぞれが秘めたる美しさ、誇り、魂を見ているうちに、素晴らしく思えるようになってきていた。
 要はその人次第なのかもしれないと、そう思えるようになってきていた。

 それになにより、双子の兄である遥の――永らく見なかった前向きな変化を、本当に嬉しく思っていた。

 そこで、最後にこれを見せられてしまった。

 夕人の、最後にして最悪の、反則。
 負けそうになったらルールなど関係なく、強さで我が儘を押し通す。

 これでは結局、強さは醜悪なもの、ということになってしまう。
 荒々しく、真っ黒で、ガキみたいに我(が)を押し通すことしか知らない。

 それを、こいつが最後の最後に見せてしまった。
 それが、たまらなく許せなかった。

 みなで作りあげた、死力を尽くして盛り上げた宴が、最後のファイヤーストームでその火が周りに燃え移り、大惨事になってしまったようなものだ。
 最悪の、ケチだ。

 それが、許せなかった。

「顔を殴るなって、パンフレットにだって書いてあんでしょ! 何でわかんないの、選手でしょあんた! 最初に確認してこいって話よ! 決勝戦でそんなこと、しないでしょ!」

 自分でも、何を言ってるのかわからなくなりつつあった。
 でも、止まらなかった。
 止まれなかった。

 怒りだけが、口から際限なく出た。

「あんたみたいなやつ、出てこないでよ! あんたみたいなやつが、親をナイフとかで刺すのよ! ガキじゃないんだから、自分の思い通りいかなかったからって、キレないでよ! これはもっと神聖なものなのよッ!!」

「うむ、その通りだな」
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