六十五話「激闘」

2020年6月18日

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 纏の前足――右足に、夕人の左ローがめり込んだ。

 途端、それを堪えて飛び込んだ纏の拳が、夕人の胸に叩き込まれる。
 夕人の太い体が、後ろにズレる。

 夕人の右の膝が、纏のどてっ腹に飛ぶ。
 纏の小さい体が一瞬、宙に浮く。

 しかし纏は構わず、左右の拳を繰り出す。
 一発ごとに、夕人の体が後ずさる。
 それに対抗するように左右の膝を夕人も返した。
 一発ごとに、纏の体が浮き上がる。

 上から、纏が夕人の胸骨に拳を叩き込む。
 下から、夕人が左右の膝を纏の腹に突き刺す。

 荒々しい戦いだった。
 相手の攻撃が当たるたびに僅かに退き、すぐに突っ込み攻撃を繰り返す。

 ――一歩でも引けば、負ける。

 そんな暗黙の了解が、双方でなされているようだった。
 汗が飛び散り、体は赤くなっていき、形相が修羅の様相を帯びていく。

 どん、

 と纏の強烈な拳が一際強く夕人の胸を叩き、後ろに退かせた。
 バランスを崩した夕人の顔が怒りに歪み―― 

 高く舞い上がった。

 得意の飛び膝蹴りだ。
 羽のように両手を前に伸ばし、巨大な悪魔が小柄な纏の影に覆いかぶさっていく。

 瞬間、纏の左足の指すべてが、強烈にマットを掴み込んだ。
 それを軸に、纏の体がまるで扇風機のようにぐるりと右に回り、その巨体の接近を躱した。

 天寺との戦いの時にも見せた、強い腰がなせる動き――技だった。
 その場に風が巻き上がったようにすら見える。
 夕人の体が標的を失い無防備に宙に漂う。
 纏がそれを一瞬見つめ――

 空中にいる夕人の顔面に、右のハイキックを飛ばした。

 ただでさえ14センチの差がある巨躯が、さらに宙高く舞い上がっている標的。
 普通は届かないし、まず蹴ろう――それも顔面を、という発想すら出ない高域。

 だがその右足は、そんな当たり前の常識など無いのかのよう真っ直ぐと、矢のように鋭く、吸い込まれるように急速に迫っていった。
 柔軟性に加え、バネ、筋力共に常人のそれを遥かに凌駕しているという証だった。

 パン、という弾けるような、再びの快音。





 夕人はその蹴りを、顔面ではなく両手で防ぎ――そのまま勢いに押されて、マットの上に背中から叩きつけられた。
 どすん、とマットが衝撃に揺れる。

 纏が、それを見下ろす。
 いつもの無表情の顔の全てが、汗に埋没していた。
 滝のようにあとからあとから流れ、マットの上に滴り落ちている。

 ハァ――ハァ――

 ふと。
 なにか空気が漏れるような音が、天寺の耳に届いた。
 よく見ると、その音に合わせて纏の肩が上下に激しく揺れている。

 ――息を、切らしている。

 いつも涼しい顔で戦っていた。
 天寺が後ろ回しを放った時でさえ、不思議そうな顔をしていただけの纏が。

 あの橘纏が――必死になっていた。

 驚く天寺を尻目に夕人が立ち上がり、構える。
 その目は屈辱に、燃えるように滾っていた。

 奥足で、右ミドルを放った。

 遂に繰り出したその蹴りを、纏の前足――右の前蹴りが、突き放した。
 押すように足の裏全体で腹を押さえる。
 奥足で後ろ手を狙うその右ミドルは、元来のものより圧倒的に到達速度が遅くなってしまっており、直線で予備動作なく出された前蹴りに簡単に合わせられていた。

 距離をとったところで夕人の内股に、纏の左のイン・ローが炸裂した。
 奥足が外に大きく弾かれ、夕人はバランスを崩す。

 体が開いて動きが取れなくなったところに、纏の高速の左ハイが夕人の顔面を襲う。
 パァンッ、という三度目の快音。
 かろうじて、右手でガードしている。夕人もバットで振り回すような右ハイを返すが、蹴った時には既に左脇――前足側の、反撃できない場所に回り込まれていた。

 ――速(は)えぇ!
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