四十二話「鬼人」

2020年4月26日

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 それに加えて空手団体として最大手である練仁会の大会には、毎年何名かの他流派が参加してくる。

 それは今年も例外ではなく、全60名中3名が他流派の選手だった。
 その多くは序盤で姿を消す場合が多いが、セオリーにない闘い方で上位に食い込む選手も稀ではあるが、存在する。
 それは不気味な存在としてトーナメントに暗い影を落としていた。

 各々の思いを乗せて、今年も宴が始まる。





 その昔、『鬼人(きじん)』と呼ばれた空手家がいた。

 それは十七年もの昔。煉仁会空手が発足して初めて開催された、第一回全日本選手権の模様が収められたビデオだった。
 草創期の、それは古(いにしえ)の空手の使い手達の祭典で、今のような洗練されたものではなく、まさしく武道としての空手が繰り広げられていた。

 現代のようなお上品な突きを放つものなどいない。
 上から下から振り回す喧嘩パンチは顔面を掠め、時に直撃さえして、白い道着お互いが血に染まっている。

 現代のような美しい蹴りを放つ者などいない。
 気合と共に真下から叩きつけられる蹴りは、受けや捌きなど知らずまともに骨と骨をぶつけ合い、お互い体を引き摺っている。

 恐ろしく原始的で、おそろしく実践的。

 それこそが煉仁会空手の草創期だった。
 そこからの日々で開発された技術は多い。
 それによってレベルは飛躍的に向上したといえるだろう。

 だが、精神的なものはわからない。
 この頃の選手はそれこそ体を張っていた。
 命を、賭けていた。

 負ける事は、新しい芽を摘もうとする大手団体や他流派の侵略を許す、という意味も込められていた。
 だから誰も、決死の覚悟で戦っていた。

 その中で、一際殺人的に対戦相手を駆逐している選手がいた。

 ハンマーもかくやと思える無双の突きで、敵の胸骨をへし折る。
 棍棒のような豪快な左中段廻し蹴りで、相手の肝臓を痛めつける。

 その二つの技――凶器で、その選手は一本勝ちの山を築いていた。
 その、見ている者の背筋が凍るような圧倒的な"力"に裏打ちされた組み手は、まさしく男の悪鬼の如き体躯がもたらしているものだった。

 空手衣の上からでもわかる、圧倒的質量を伴った、凄まじく密度の濃い筋肉。
 硬く張り詰め、なお超高速で動く不気味な肉の塊。
 それは他の選手と比べても、規格外のものだった。

 決勝戦は壮絶なものとなった。

 対戦相手は煉仁会創設期メンバーの一人。『見えない前蹴り』の使い手、弓崎竜童(ゆみざき りゅうどう)。
 彼もまた、伝説の空手家だった。

 一つの逸話。
 彼の前蹴りは――見えない。

 それこそが彼の二つ名、『見えない前蹴り』がついた理由だった。
 元は、その昔ある他流派の先生が、その実力により名が売れていた弓崎に挑戦状を申し込んだ時のことに由来する。

 勝負は、一瞬だった。

 道場生が見つめる中、二人は一足分の間合いをとったまま"まったく動くことなく"、突然他流派の先生の方が腹を抱えて、うずくまった。

 驚いた道場生が弓崎に聞いたところ、放ったのは一発の前蹴り。
 だが、対戦相手はおろか距離をおいて見ている道場生すら、その軌跡どころか当たった瞬間でさえ、その網膜に捉えることは出来なかったのだ。 

 睨み合う両者を前に、観客はおろか審判団さえ息を呑んでいた。
 歪む空間。
 人間同士の戦いが行われるように思えない。

 怪物と超人の争い。
 ただ一人、審判長席で座る白柳今史(しろやなぎ いまふみ)総裁のみが笑みを湛えていた

 試合開始と同時にぶつかり合う両者。
 圧倒的膂力(りょりょく)に任せて胸、右脇腹に突きと廻し蹴りを畳み掛ける『鬼人』と、あくまで『見えない前蹴り』一点で徹底的に距離を保ち、鳩尾(みぞおち)に攻撃を集中させる弓崎。
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