二十一話「一方的な責め」
体が、熱を持っていた。
気づいた時には、掌も、小手も、肘も、脛も、左内膝も、左頬も、右太腿も、痛みという名の蒸気を吐き出していた。
ひりひりして、自分の体じゃないみたい。
心臓がちっとも落ち着かない。
早鐘を打っているように、絶え間なく鼓動している。
息が整わない。
いくら吸っても、肺が貪欲に酸素を求め続ける。
汗が零れる。
次から次にぼたぼたと落ち、道場の床に染みを作り、それが水溜りになっていく。
そこに、自分の顔が写っていた。
酷い顔だった。
髪はほつれ、目はギラつき、汗にまみれている。
いつもの余裕がある涼しい自分は、どこにもいなかった。
格好悪いなぁ、と笑った。
でも、こういう自分も嫌いじゃないなぁ、とも思った。
見ると、纏がこちらに向かって間合いを詰めてきていた。
――迎い撃たないと、な。
そう思い、いつものように手をだらりと垂らし、前後にリズムを刻み、天寺司はにやりと笑った。
纏の猛攻を、遥は呆けたように見つめていた。
天寺の舞いとは、全然違う。
荒々しく、猛々しく、ただ何かに憑かれているようにがむしゃらに相手に襲い掛かる。
人があんな風に獣のようになれるなんて、考えたこともなかった。
纏の攻撃を天寺が捌く、腕で止める、脛受けする。
そんなこと、纏には関係ないようだった。
捌かれて体が流されようが、振り返って逆の手で殴る。
腕で止められようが、その上から骨をぶつける。
脛受けされようが、それごと蹴り折る。
そんな攻撃だった。
そんな攻撃だからこそ、サポーター越しとは思えない骨が骨を打つ、聞いている方が耳を塞ぎたくなるような痛々しい音が、鼓膜を揺らした。
それが、無尽蔵に行われている。
休みなど一切ない。
速さと力強さも、一切衰えない。
その様はまるで人間ではなく、機械のようだった。
既にその数は、10や20どころではない。
100発近くは打っているのではないか?
信じられない。
人間がこれほど連続して動き続けられるものなのか?
それも、人を痛めつけるというただそれだけの行為のために。
天寺の体は、徐々に前のめりになっていた。
一歩一歩、道場の隅に追い詰められていく。
天寺はもう、捌いていなかった。
腕を、アゴと胸の前で十字に組み、前足である左足の膝を上げて、ただただ纏の攻撃を凌ぎ続けていた。
その上を纏が無造作に叩き、蹴り続ける。
そんな闘い――いや、一方的な責めだった。
遥は、自分の喉がからからに渇いていることに気付いた。
額に、冷たい汗が浮いている。
ハッ、ハッ、と喘ぎ声をあげている。
あの天寺の姿はなんだ?
あれは、あれはまるで――
天寺の体が、いよいよ道場の壁に迫った。
さらに纏の攻撃が、容赦なく天寺の体を押しのけていく。
壁際まで、あと一歩。
一際強い纏の右拳が、天寺の鳩尾めがけて放たれた。
やられる……!
遥が思った、その瞬間。
今までずっと動かずに固まっていた天寺の体が、跳ねた。
堅牢に組まれていた両手を開放して、突進したのだ。
それは、ほんの紙一重のところで纏の拳を――躱し、そのまま纏の右の僅かな隙間を通り抜け、反転して、立ち位置を交換した。
標的を失った纏の拳が空振りし、一瞬相手を見失う。
にやり、と天寺が口の端を吊り上げた。
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