Ⅴ:賢者騎士団

2020年10月7日

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目次

本編

「要は、決起だ。魔物の方からの、人間に対する宣戦布告だね」

 それにドクン、とエリューの心臓が脈打った。
 あの一匹ですら手に負えなかった"アレ"が、決起だと?

 そんなもの、それこそ――

「世界、が……」

「危機だね。それこそ」

 あっけらかんとしたその物言いに、文字通り危機感が背筋を駆け抜けた。

「そ、そんな……そんな事態が、今、世界中で起こっているとでも言うんですかッ!?」

「そうだね。むしろ辺境の地というものは、ここまで情報格差が起こりうるものなのだと、少々感動すらしているよ」

「そ、そんな……し、信じられないっ! あ、あんな化け物相手に、他国では一体――」

「常人には、不可能だ。従来の攻撃手段では、あの動きを捉えることはできない。そのための唯一ともいえる対抗手段が、きみにも見せた、魔力と呼ばれるちからだ」

 初めてだった。
 "聞いたことがある単語"が、出てきたのが。

「魔力って……」

「ふむ、聞いたことがある様子だね」

 そこで初めて、女性はこちらを向いた。

 改めて見ると、本当にまだ若い様子だった。
 おそらくは二十歳前といったところだろう。
 髪が白いことだけが異質だったが肌もきめ細かく、小柄で髪も短いことから少女という印象の方が近いようにすら思われた。

 話している年寄りくさい言葉など、まるで似合わない。
 なによりその、ぺったんこの胸が。

「は、はい……その、俺の村で占い師をやっていたベーデ婆ちゃんから……」

「占い師――呪(まじな)い師の、隠語だね。なるほど、それが本物ならば、確かにきみは魔力の一端に触れているだろう。具体的には、こういう力だね」

 不意に左手のカップを受け皿に置き、女性はその指先を――エリューに向けた。
 それを、彼女自身に寄せる。

 途端、エリューの身体が引っ張られた。

「な…………っ」

「ふむ」

 エリューの身体がつんのめり、二、三歩たたらを踏み、バランスを整える。
 そしてエリューは、その顔を上げた。

 ――見えない手に、引かれた?

「わかったかね?」

 わかるわけがない。

「という顔をしているね。まぁ、詳しいことは理解していようがいまいが、大差はない。問題は、我々が敵対する魔物とは、その存在そのものが魔力で構成されており、手足を動かすのと同じようにそれを扱うということだ」

 そこで初めて、"その事実"に思い当った。

「……あなたはいったい、何者なんですか?」





 そこで彼女は右手の文庫本を丸机に置き、

「この世界には、貴族という上位階級の人間がいる。その中でも騎士階層と呼ばれる地位にいる者たちが、この事態を憂慮して、結束し、騎士団と呼ばれるものを設立した。その中の一つに、賢者騎士団というものがあってね。私が創立したものなのだが」

「賢者騎士団……」

「申し遅れた」

 そして女性は立ち上がり、初めて身体ごとこちらに向き直った。

「オルビナ=アトキン。世間では賢者などと過ぎたる名で呼ばれたりもするがね」

 その言葉に、エリューは色めき立つ。

「そ、それは……つまり、魔物に対抗する組織ということなんですか?」

 それに逆にオルビナは、片眉を上げる。

「どうしてそれを聞くのかね?」

「俺も魔物に、立ち向かえるようになりたいんだッ!」

 エリューは身を乗り出し、声を張り上げた。
 それに対してオルビナは、微動だにしなかった。

「――なぜ、立ち向かいたいのかね?」

「仇をっ! お、俺の村のみんなを、か、母さんをい、いも、み、ミレナを奪われたか、か、仇をと――ッ!」

「なんともあまっちょろい」

 それはあまりに温度差のある言葉だった。

「え…………?」

 突然遠くから、羽音が聞こえた。

「私は言ったはずだね。王を中心として、魔物たちは結束したと。つまりはそれだけ役割分担も形成されており、反乱分子の動きにも過敏だということだ。わかるかね?」

 バサバサと、かなりの大きさのなにかが近づく音が。

「そんな奴らがこういう芽を、見逃しておくと思うかね?」

 そして"ソレ"は、家の前に降り立った。

「な……なんだよ、コレ」

 エリューはそれを、小屋の窓から見ていた。
 ダチョウの身体に、鷲の翼、馬の脚に、人の顔をつけたような異形の怪物が、そこには立っていた。
 その姿はまるで、神話の怪鳥――

「魔王直属のX-15地区担当兵団団長、ロプロス」

 オルビナの呟きにエリューは振り返り――

「そ、それは……」

 いきなり扉が、吹き飛んだ。

「う、うぁ――!?」

 その衝撃にエリューは椅子から引き倒され、壁に叩きつけられた。
 砕けたドアの破片がそこに降り注ぐ。
 オルビナはそれを、少しだけ眉をひそめて見つめるだけだった。

「ぐ、く、ぁ……」

「さて。どうしたものかね、この状況」

 怪鳥――ロプロスは、扉がなくなった敷居を跨ぎ、室内に侵入してきた。
 あとには同じような半人半鳥の化け物が、五羽――五人ほど続く。

 それらはもはやオルビナとエリューまで、机を挟んで3メートルほどの距離まで迫ってきた。
 以前のなめくじお化けのことを考えると、既に攻撃の間合いに入っているだろう。
 いや、これが事実兵団の団長だとすると、そんなものではないのかもしれない。

 だから、思った。

「な……」

「ん?」

「なんで、俺を……助けて?」
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