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Ⅸ:魔力

2020年10月7日

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「まず、問おう。勇者とは、なにか?」

 場所は、エリューが住むコーンクールの村から五日も歩いた末に辿り着いた、深い山奥。
 エリューが見たこともない高い木々とそれがもたらす濃密な酸素と暗い底知れぬ雰囲気に、エリューは人智の外の力を感じていた。

「……勇気ある、強き者のことです」

 村で一番の奥地に住んでいたベーデ婆ちゃんの家には訪ねる人も少なく、村で一番足が速かったエリューだけがよく遊びに行っていた。
 そこで様々な伝承を聞き、そのうちの一つが勇者の英雄譚だった。

「違う」

 だがそれを、オルビナは否定した。

「勇気持つ、決して挫けぬ者のことだ。強き者に、勇気はいるまい。魔王軍と戦うという事は、ちょっと強いとか、そういう次元ではないのだよ。私はきみに、強者ではなく勇者になってもらいたい」

「……勇者」

「まずきみには、魔力を扱えるようになってもらおう」

 そして、修行が始まった。

「…………」

 最初の一週間は、ひたすら瞑想を続けた。
 二日目まではまだ大丈夫だったが、三日目ともなると変化を求める欲求との戦いになった。
 特に田舎で自然の中を駆け回っていたエリューには、辛かった。

「……ふっ。……ふっ?」

 続いて、力を入れずに力を入れる訓練に入った。
 筋力の代わりに魔力を扱えるようにする練習なのだが、次から次に与えられる要領を得ない修行に普段使っていない脳が活性化され、目が冴えて夜も眠れない日々が続いた。

 そして修行開始から、三週間目。

「――ふっ」

 瞼を閉じて、呼気。
 それにともない全身を血液ではない何かが巡るイメージが湧きおこる。
 右手の指先を、前方に。
 そして、イメージ。

 自分の指先が、空間を越えて伸びるイメージを。

 三メートル先の杭の上に立てられたコップが、弾き飛ばされた。

「ふぅ……やった」

「おめでとう。これでまずは魔力の基礎段階はクリア、といったところだね」

 振り返ると、視界がまともなものに戻っていった。
 究極の集中力の末、コップ以外のものは目に入らなくなっていた。

 そこには白い短髪の美しい女性が、微かに唇の端を緩めていた。
 それにエリューも、相好を崩す。





「そう、ですね……ずっと進歩が見れなかったんで、やっと見れて素直に嬉しいです。へへ」

「そうだね。だが、これからが本番だ。この程度の魔力では、魔物に対抗どころか、実戦においてはなんの役にも立たないからね。これから更に厳しくいくから、そのつもりで」

「はいっ、どんどん厳しくしてください!」

「……なぜかきみは成功した時より、叱咤激励――というより叱咤の時の方が元気な気がしているが、気のせいかね?」

「どうでしょうねっ?」

 エリュー自身もなんとも言えなかった。
 ただなんとなく妹とのやり取りを思い出して――というのが理由なのかというのも確定できなかったし。
 そういえばベーデ婆ちゃんにもよく呆れられていたような?

「……まぁともかく、厳しいのが歓迎というのはよい姿勢だと解釈することにしよう。では、次の段階に移る前に――」

「オルビナさまっ!」

 そこで唐突に、聞いたことのない声が響いた。
 それにエリュー、オルビナが目を向けると、二人が過ごしてきた小屋の反対側から、一騎の馬がこちらに向けて駆けてきていた。

 その上に、一人の少女が乗っていた。

「ハァ、ハァ……お、オルビナさまっ、お探ししました!」

 まず目についたのが、その背の低さ。
 オルビナは小柄だとは言っても女性としては平均よりやや、と言った程度のものだろう。

 だがこの少女は、そのオルビナより一回りは小さい。
 さらには黒髪二つ結びに吊り目で鴉みたいな真っ黒でダボダボなパーカーを纏い、まるで小さな娘が馬に振り回されているようにすら見えた。

 ただそれに、アンバランスともいえるその豊かな胸だけが、動くたびぽよんぽよんと揺れていた。

「だ、誰だこの――」

「い、今までこの洗鄕(せんきょう)の地にて、いったい何をなされていたのです!? オルビナさまが姿を消してから二週間、わたくしどもがどれだけ心配し、孤軍奮闘していたことか……」

 まるでエリューの存在などないかのように捲し立てる少女。
 それにエリューは少しむっ、とするが、オルビナの方はシリアスな方向に雰囲気を変え、

「……どうしたのかね? この地を訪れてまで、報告することがあるというのは?」

 それに少女は言葉を詰まらせ、

「ほ、本部に――魔王直属の、近衛兵が……」

「な……!」

 エリューは、初めて見た。
 オルビナが目を剥いて、言葉を失い――

「……遂にこの日が、来たか」

 低い声で、自嘲気味につぶやいたのを。

「オルビナ?」

 その態度の変化に、エリューは眉をひそめる。
 まるでそれは、この日を予期していたかのようで――

「――私が行こう」

「では、ご案内致します。馬の後ろに――」
「お、俺もついて――」

 オルビナの言葉に続いたエリューと少女は、

【agiste(凍れる、その刹那)】

 しかし同時にその動きを、止め――られた。

「な……」
「え……い、いったい?」

 そして二人同時に、オルビナの顔を見る。

 それに二人は、打ちのめされた。
 エリューはそれを、以前見たことがあった。
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