RPG小説「EN-BLADE 〜ドMなお兄ちゃんが異世界で聖剣と神技で伝説を作る!?〜」

2023年11月13日

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前書き

初めてやったロールプレイングゲーム、ドラゴンクエストⅥの衝撃

初めてやったRPGは、ドラゴンクエストⅥでした。

私の家は特殊で中学校か高校かは忘れましたがそこに上がるまでRPGは買ってもらえませんでした。理由は単純で、それぐらい上がらないとクリア出来ないだろうという判断だったからです。

それまで対戦ゲームしかやってこなかったので、勇者となって世界を回り伝説の武具を集めて、救うというそのストーリーとシステムにすっかり魅了されました。

様々なRPGへの十何年もの熱い想いを込めた作品

それからさらにドラクエを扱った漫画であるダイの大冒険やロトの紋章、さらにはファイナルファンタジー、クロノトリガーやワイルドアームズなど様々なRPGに手を出してきました。

それらのストーリーはどれも素晴らしかったのですが、いつかは自分が自分なりの設定で自分好みのRPGを描きたいと夢見てきました。実際RPGツクールシリーズにも手を出したりしました、もちろん幼少の頃の話だったので、最初の村も作れずに挫折しましたが(笑)

そんな十何年にも及ぶ想いの丈を込めました! ぜひ、その熱量を感じて頂けたらと思います!!

第Ⅰ章「試練の出立」

Ⅰ:永久なる幸せ

 子供の頃はずっと、お母さんの子守歌で育った。

 記憶の中ではいつも、暖炉に火が入っていた。
 暗くて寒い外を避け、暖かく明るいその火の傍で、揺り椅子に座る母の膝の上で、いつもうたた寝をしていた気がする。
 暖炉の柔らかい茶色や、火の焼きつくような赤、それにいつも着ていた母のベージュ色のカーディガンまで、鮮やかに思い出せる。

【tira ek sola suta tanbina de sona fui kim】

 意味がわからないその言葉の羅列が、何故か心地よかった。
 胸のうちが温かくなっていくような、そんな不思議な感覚。

【staglan dior hep ordina til sora stidacoura tonde】

 母の声は、身体に染みていくようだった。
 まるで守られているような安心感を覚え、体中の緊張が解けていた。

 それに幼い時分は、すべてを任せて瞼を閉じていた。
 なにも心配はいらない。
 そんな風に、諭されているようで。

 この世界に永久(とわ)の平和が続くことを、固く信じて疑わなかった――

 ばちーん、と顔を叩(はた)かれた。

「で!」

 声として飛び出たのは、ただ一言。
 あとはもう声にもならない。
 ひたすらに鼻っ柱を押さえて、痛みに耐えた。

「~~~~っ」

「おにーい、ちゃん?」

 耳に届くのは、傍目にはどう考えても可愛らしいとしか表現のしようのない猫なで声。
 しかし今の自分には、とてもそのまま受け取れるようなものじゃなかった。

 顔を上げる。

 そこに、声通りの外見を持つ可愛らしい妹が満面の笑みを浮かべ――

「ま、待て待て待てってミレナ……うわぁ」

 手に持った"バケツ"の水を、ぶっかけてきた。
 ばしゃあ、という派手な音とともに――頭から腹から足から寝ていた下のベッドまで、もうホントびしょ濡れになる。

「あ"、あ"、あ……あ"ぁあぁあ"あ"っ!」

「きゃは、きゃは、きゃは――キャハハハハハハハハっ!」

 口の中まで水で満たされて出てきたゴボゴボ声に、ものすごい満足げな嘲笑いが降り注いでくる。
 それに髪から口元からダラダラと滴を垂らしながら、

「あ、あのな、ミレナ……どうしてもお前は、普通に起こすってことができないのかな?」

「どーしてもっ!」

 語尾に音符がつきそうなほどの元気な返事に、もうどうしようもない気持ちになってしまって――思わず、

「そ……そっかぁ。ミレナは、しょうがないなぁ」

「うん、おにーちゃんっ」

 愛しの妹の頭を、撫でていた。

 四方を山に囲まれたこのコーンクールの村では、あちこちで果物や野菜を栽培している。
 だから少し歩くと、すぐに畑仕事をしている村人に出会う。

「おはようございます、クディさん」

「おはよう、エリュー。今日も……やたらとイイ顔をしているな」

「え、そうですか?」

 木に梯子を立てかけてリンゴをもいでいたクディさんの言葉に、思わず自分の顔をペタペタ触って確認する。

 わかりやすいくらいの、ニヤケ面(づら)だった。

「まったく、お前のとこはホント兄妹仲がいいな」

「ハハ……いやぁ、おかげさまで」

 クディさんはやれやれ、という表情で行けイケという感じに手のひらをヒラヒラ振った。
 それに会釈して、道を先に進む。

 すぐに声がかかる。

「おう、エリュー。今日も妹にいじめられたのか?」

「いやぁ、そんなこと……ありますけどね」

「あら、エリュー。今日、美味しいオレンジが採れたから、今度届けてあげるわね」

「どうも、ルテアさん。あとから家に伺いますんで、どうかお構いなく」

 閉鎖されたこの場所には、外から人はほとんどやってこない。
 限られた、見知った人間たちだけで、変わり映えしない日々を送っている。

 だけどそれを不満に感じることもなく、楽しく平和に毎日を過ごしていた。

「どうも、こんにちわ。ベーデ婆ちゃん、元気ですか?」

「余計なお世話さね」

 村の一番奥の、ひと際古い家のドアを開けてあいさつすると、ひと際不機嫌な声がそれに応えた。

 暗い室内。
 ただ一本のろうそくのみが灯り、杖や水晶や骸骨などの妖しげな物が所狭しと並べられ、壁にはギッシリと中身が詰まった本棚が立ち並ぶその隅で、その人物は小さな椅子にポツンと座っていた。

「人の心配なんてしてる暇があったら、自分の心配でもしてな」

「いや~……どうも、すいません」

「……怒られて何を笑ってるんだか、この男は」

 渋い表情を浮かべるのは、頭にターバンを巻き、その顔には深いしわが刻まれた老婆。
 黒いローブを纏い、その裾は床にまで達している。

「いやいや特に深い意味はありませんよ? その……に、苦笑いです、苦笑いっ」

「それはわしのセリフじゃよ、まったく……それで?」

「あ、はい。今日の天気、ですね」

 この気難しそうな老婆ベーデは、村で占い師をしていた。
 そして毎朝、農作業に従事する村人のためにその日の天気を占い、その結果をエリューを通してみなに伝えていた。

「それもわしのセリフじゃろうがい、まったく……じゃあ今から占うけぇ、その椅子で待っとれ」

「はいはい」

「はいは一回じゃ」

「はいっ」

「活き活きしとるのう……」

 その言葉通りのノリで入口横の丸椅子に座り、様子を眺める。
 ベーデは椅子に座ったまま傍にあった丸机を引き寄せ、床から一つ水晶を拾いその上に乗せる。

 そして、机の上で揺らめていた蝋燭の炎を、吹き消した。

Ⅱ:こぼれ落ちる砂

「……むん」

 すべてのカーテンが引かれ、わざと暗くしている室内。
 その中で水晶の内側で瞬く微かな光のみが、ベーデの顔を照らしていた。

「…………」

 それをエリューは、不思議に思う。

 水晶は基本的に光を反射するもので、それ自体が発光するものではないはずだ。
 一度ベーデお婆ちゃんに聞いたことがあったが、それは企業秘密じゃとよくわからない言葉で誤魔化されていた。

「む、ぬ……むぅ?」

「? どうかしましたか、ベーデ婆ちゃん?」

 いつもならそのままなんらかの神託なり何なりを受けて、その内容をエリューに伝えるのだが、今回ベーデ婆ちゃんはなぜか唸り、そして険しい表情で水晶を睨みつけていた。

「……エリュー」

「は、はい」

 そのただならぬ様子に、エリューも慌てて居住まいを正した。
 そしてベーデは水晶玉を視界に入れたまま、

「……これが事実ならば、お前は変わらねばならん」

「え……その、それって?」

 エリューは、急に胸の内に刃物を差し込まれたような心地になった。

 変わらない。
 平和。
 安心できる毎日。

 それこそがこの村であり、エリューの日常そのものだったからだ。

「な、なんで変わらなきゃって、その――」

「キャ――――――――ッ!!」

 その時、耳をつんざくような女性の悲鳴が轟いた。
 エリューは立ち上がり、

「い、今の声は……っ!?」

 慌てるエリューに対し、ベーデは落ち着き払っていた。

「エリューよ……世の中に、変わらないものはないと理解しなければならぬ。その上で人は、戦っていかなくてはいかんのだ」

「な、なに言ってんですかベーデ婆ちゃん!? いま外で悲鳴が聞こえたんですよ? なにか知ってるなら、教えてくださいよ!」

「残念じゃがな……」

 いきなりドアが、蹴破られた。

「え――」

「お兄ちゃん、村が……村が……!」

 それは、エリューの妹のミレナだった。
 エリューが初めて見るような、慌てた様子。
 言葉がまとまってないとこなんて、見たことない。

「ど、どうしたんだミレナ? 村、が? 村がどうして――」

「村が、村が……化け物にっ!」

 ドォン、という重たい音が響いた。

「な……!」

 その声に驚き、振り返ると、入口にクディさんが立っていた。
 それにエリューは人心地つき、

「な、なんだクディさんじゃないですか、驚かさないで下さいよ……ど、どうしたんですか? こんな時間にベーデ婆ちゃんを訪ねるなんて、珍しいじゃないですか?」

 そう話しかけながら近寄り――気づいた。

「――――え?」

 クディさんの、お腹の真ん中に――拳大の大きな穴が、あいてることに。

「…………」

 もう、なにも言葉が出てこなかった。
 思考が漂白された。

 顔を上げると、クディさんの目は白目を剥いており、その口元から大量の赤い泡と液体が、垂れ流されていた。

「エリュー……」

 自分の名を呼ぶ声に振り返ると、そこには先ほどまでと同じ様子のベーデ婆ちゃんがいた。
 同じ姿、ということに安堵し、少しだけ心が戻ってくる。

「ベ、ベーデ婆ちゃん……く、クディさんが……クディさんが……」

「来るべき時が来たんじゃ。お前たち兄妹はこのまま、裏口から村を出るんじゃ。後ろは、振り返らず――」

「おかあさんっ!」

 その言葉に重なるような形で、ミレナの叫び声が聞こえた。
 そしてエリューはその可能性に気付き、まったく同時にミレナは自らが蹴破ったドアから外に飛び出していった。

 くそっ!

「ミレナ――」

「追うてはならん!」

 その声に入口の敷居の上で立ち止まり、エリューは振り返った。
 初めてだった。
 ベーデ婆ちゃんに、怒鳴られるなんてことは。

「べ、ベーデ婆ちゃん……?」

「追うな。追うてはならんぞ、エリューよ……時に人は、指の間からこぼれおちる砂を、諦めなくてはならん。そうしなければ、自身もそのこぼれおちる砂になるからじゃ。わかるか、エリューよ? それでもなおお前は、妹のあとを追うか?」

 あとを追う、という言葉が、まるで故人のあとを追う言葉のように聞こえた。

 既に、死んだ人間の。

「っ! ち、違う! まだ誰も死ん……こぼれ落ちてなんかいないし、すくってみせる!」

 そして、外に飛び出した。
 言葉を濁したということが現実から目を背けているということに、その時は気づいていなかった。

 村は、惨状と化していた。

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 息が、乱れる。
 街路樹が、一通り薙ぎ倒されていた。

 心臓が脈打つ。
 家屋が、ほとんど倒壊していた。

 頭が白熱する。

 無数の人が、倒れていた。

 そのすべてがみんな、血まみれだった。

「み、みんな……う、ウソだろ……?」

 なぜか笑いたくないのに、顔が笑みの形を作ってしまう。
 嘘だと思いたかった。
 冗談だと笑いたかった。
 夢だと目を瞑りたかった。

 だから嘘だと言ってほしくて、一番近くでうつぶせに倒れていたルテアさんに、近寄った。

「う、ウソですよね……ルテアさん?」

 そして身体を裏返すと――顔が、なかった。

 一気に、きた。

「ヴ……うぇ"えええ"えええっ!!」

 胃袋からせり上がったそれを、ルテアさん"だったもの"にぶちまけた。

 目から鼻から、涙が鼻水が、あふれ出した。
 もうなにも、わからなくなっていた。

「おかあさん! おかあさんっ!」

 その声に、我に返った。

「み、ミレナ……っ!」

Ⅲ:なめくじお化け

 顔を上げ、ゲロと鼻水と涙を振り切って、駈け出した。
 村の中を、見る影もなくなりただ死体と丸太と瓦礫とそこから上がる煙が無残な現実を伝えるそこを、駆け抜けた。

 大切な人に、呼びかけながら。

「お母さん、ミレナ……ど、どこだっ!」

「おかあさ――」

 ミレナの声。それに振り返ると――

 見たことがない"なにか"が、横たわっていた。

「な――――!」

 息が、詰まる。
 それは、今まで見たどんな動物とも違った。

 体長は二メートルほどか。
 なめくじのようなぬめった表皮と形をしており、全身からは不気味な針のようなものが突き出ている。
 手と足も生えているのが、さらに不気味だった。

 それが、掻き消えた。
 次の瞬間、壁に大穴があいた。

「……は?」

 意味がわからず、エリューは呆けたような声をあげた。
 その他と比べまだ原形を留めている家屋の壁がなくなり、その場所になめくじお化けがいた。
 なにが起こったのか、まったくわからなかった。

 その壁の向こうに、誰かが立っていた。
 赤いドレスを着ている、女性。
 そのなめくじに背中を向けて、そして丸めていた。

 不思議だった。
 そんな異形の化け物相手に、そんな無防備な姿を晒していることが。
 よく見ればそれは、何かを抱えているようにも見えた。

「……ミレナ」

 ――何かを守っているように、見えた。

「う、ウソだ……」

 よく見るとその背中には、無数の傷が走っていた。
 斜めに、背中全体を切り裂くような形で。

 着ているのは赤いドレスではなかった。
 それにより背中全体は、血に濡れて地面にまで滴っていたのだ。

「おかあ、さん……?」

 それは、ミレナの声。
 そして、さっき聞かれたのは――

「ミレナ、聞きなさい……お母さんのことは、忘れなさい。そしてエリューと一緒に、逃げなさい……お父さんとお母さんは、二人を愛してますからね」

「お、おかあさん?」

「行きなさい……」

 そしてその背中――お母さんは、腕に抱いていたミレナを、突き飛ばした。
 茫然とした様子のまま、ミレナはエリューの腕に収まる。

 そしてその、化け物が撥ねた。

 同時にその背中が、真っ二つになった。

「――――」

 エリューはその光景を、真っ白な気持ちで見ていた。

 なにも感じない。
 なにも考えられない。

 真っ二つになった背中は、それぞれがまるで塵屑のように地に落ちていった。

 そこから濁流のように、血が溢れだす。

「っ……み、見るなッ!」

 ミレナの顔を、手のひらで覆う。

 ミレナに反応は、一切見られなかった。
 まるで人形のようにされるがまま、自分たちの母親がいた場所を見つめていた。

 エリュー自身も、目を覆いたくて仕方がなかった。

「う、うそだ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、ウソだ……っ!」

 込み上げる吐き気と涙を必死に堪えて、妹を抱えて駈け出した。

 お母さんに、頼まれた。
 それこそ、命を賭けて。
 応えないわけには、いかなかった。

 後ろを振り返らず、一心不乱に駆け続けた。

「うっ……ぐ、ぇ……う、ぅうぇ……っ!」

 嗚咽だけが、喉から絞り出され続けた。

 ミレナからの反応は、それでもない。
 ただエリューに、連れられるままだった。

「……ねぇ、お兄ちゃん?」

 全速力で駆け続けて、二十秒弱。
 とつぜん妹から、呼びかけられた。

「ハァ、ハァ……な、なんだ?」

「お兄ちゃん……お母さん、どうなったの?」

 思わず足が止まりそうになる。

「ミ……ミレナ」

「村のみんなは?」

「あ、あのな……」

「みんな、どこにいるの?」

「…………っ!」

「ねぇ……なにか言ってよ?」

 言えるわけがなかった。
 エリュー自身が誰より現状を否定したくてたまらないのだ。
 具体的な事実など、告げられるわけがない。

 それがミレナに、拍車をかけた。

「――お母さんっ!!」

 とつぜん、としか言いようがないタイミングでエリューの腕の中から飛び出し、走っている方向とは逆に駆けだす。

 それにエリューは慌てる。

「み、ミレナ!? 待て、そっちに行っちゃだめだ! 戻って――」

「お母さんっ! クディおじさんルテアおばちゃんミニキちゃんサンパちゃんラニちゃんスンケくんローイおじいちゃん……っ!」

 それは、魂からの叫びだった。
 心の奥底から絞り出される、救済の声。

 戻して、と。
 自分が持っていた望む現実を、この手にと。

「…………」

 それに一瞬、エリューの心がブレた。
 それはエリュー自身も心の底から望んでいるものだったから。

 なにもかも、あとのことだった。

 妹の首が、宙に舞った。

「――――あ」

 ただ声が、喉から漏れた。
 他にはなにもない。

 指の隙間から、砂がこぼれ落ちるイメージが湧いた。
 それをすくい取るすべは、自分にはない。

 じゃりっ。

「…………ッ!」

 音に、振り返る。
 なめくじお化けは、その体を引きずりながらこちらに迫っていた。

 ――だいたいなんなんだ、この生き物は?
 今まで見たことも、聞いたことだってない。
 ベーデ婆ちゃんが言っていた戦わなければならないというのは、このことなのか?

「はっ、はっ……ちっ……くしょう!」

 息切れして、堰き切ったように涙が零れだす。
 なんで自分がこんな目に遭っているのか?

 ずっと田舎で、平和に暮らしてきたのに。お母さんとミレナの三人で、変わり映えしないけど楽しい日々を過ごしていたのに、こんな……こんな――――っ!

 なめくじお化けの姿が、掻き消えた。
 その瞬間、エリューはミレナの頭をその胸にかき抱いていた。

 母が最期に、そうしたように。

 最後まで、目は閉じなかった。

 すべてが、スローモーションのように映る。
 これが死の直前に起こる走馬灯というものなのか、その時のエリューには判断がつかなかった。
 なめくじお化けがゴムのように縮み、弾け、跳び、こちらに向かって身体を伸ばす。
 それに伴って全身の針が伸び、手が自分の肩を掴み、その針が、自分の首を薙ごうと――

 バンッ、と弾け散った。

「――――え?」

 思考、体、共に凍りつく。
 目に映るのは、飛散した血、肉。

 しかし肩には先ほどまで自分の身体を固定していた手が残されていた。
 ぬめったそれは、確かに自分を襲っていた状況を証明するものだった。
 全て確認したが、現状はわからない。理解できない。

 視線を前に。
 霞のように漂う、元化け物の破片。

 その向こうに、一つの人影を見つけた。

「――――」

 肩口までの完璧な白髪(はくはつ)と、透き通るような肌。
 その碧い瞳はどこか眠たそうに細められており、髪と同じ色の長いローブを纏っていた。

 それは、一人の若い女性だった。

「少年よ、無事かね?」

 話しかけられた。

 それに一気に現実感が、津波のように襲ってくる。

「あ……あ、の……そ、の……」

「命拾いしたね、少年」

 どくんっ、と心臓が脈打った。

 途端、いつの間にか止まっていた涙が、せき切ったように溢れだす。

「あ、ああ……うあぁ、あ……ああああアアアアアアアッ!!」

 その日、自分の日常が崩れ去ったのを、知った。
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続きはこちらへ! → 第Ⅱ章「勇者の心得」

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