Ⅹ:死なせない
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目次
本編
妹をこちらに差し出す瞬間のあの母親の表情と、まったく同じものだった。
「エリュー。お前は私の代わりに、騎士団を率いてくれ。きみなら、出来る。その素養が十分に、あるのだから。あとのことは、そこのマダスカが教えてくれるはずだ」
「――――」
「そ、そんな……オルビナさまっ!」
エリューが突然の言葉に何も言えずにいると、代わりにマダスカと呼ばれた少女が叫び声をあげた。
それにオルビナはこちらの胸を打つほどの優しい笑顔を浮かべ、
「マダスカ。きみは、私を継ぐ魔導師になれるよ。きみの頑張りは、みなが認めている。私なきあとは、このエリューと共に――」
「イヤですッ!!」
マダスカは馬に片手片足をかけた姿勢で、堅く目を瞑り、金切り声を張り上げた。
動けていたなら嫌々していただろうことも想像がつく。
それにオルビナは眉を下げ、
「……これは、私がいかなくてはならないんだ。本拠地が狙われた以上、少しでも生存者を救出するためにも実力者が敵の目を引き付ける必要がある。だから――」
「わかりませんっ! でしたら自分も連れて行っていただいて、共に戦わせていただいた方が少しでも生存確率が――」
「それではダメなのだよ。これは、行きしか切符がない片道列車なのだから」
「っ!?」
それに初めて、エリューは事態の重さを思い知った。
オルビナはこの出征で――死ぬつもりだ。
「っ、く……う、動けない。オルビナ……っ!」
「お、オルビナさま、オルビナさまァ……っ!」
「では、あとは頼むよ。二人とも……」
その言葉を残して、オルビナは二人の前で小屋から連れ出した自分の馬に乗って、去っていってしまった。
それを身じろきすら出来ず見送って――マダスカは、泣いた。
「お、オルビナさま……オルビナさまオルビナさまオルビナさまオルビナさまァアアァ……ッ!!」
泣いて泣いて泣いて、泣き腫らした。
胸を打つ悲痛な叫びは、山の端々まで響き渡った。
動けない身体の代わりに、ひたすら声と涙を振り絞った。
これであの人が振り返ってくれればいいと、そんな想いを込めて。
なのにもう視界に映らないあの人に、さらに打ちひしがれて。
「……駄目だ」
そんな時だった。
その呟きが聞こえたのは。
「諦めちゃ……駄目だ。勇気持つ、決して挫けぬ者……それに俺は、ならなくちゃならない。だから絶対に、諦めちゃ……いけないんだっ!」
「ぅ、うぇ…………ん、く」
その文言にマダスカは泣くのをおさめて、エリューの方を向いた。
あまりに臭いセリフだと、癪に障ったのもあるのかも知れない。
そこで、目を剥いた。
「――魔力が」
みし、みし、と何かがきしむ音が聞こえる。
それはオルビナについていこうと右手を前に左足を踏み出した姿勢で固まっているエリューから、聞こえていた。
その身体から魔力が、放出されていた。
「ぐ、ぐく、く……」
ありえないことだった。
オルビナの魔法は、その圧倒的な魔力によって編み込まれている。
その拘束力は、絶対のものだ。
事実長年魔法に携わってきた自分ですら、指一本動かせずにこうして泣いている。
なのに、この少年は――
「ぅ、ぐ……がっ!」
突然、力むその二の腕から、血が迸った。
痛みに目をしかめている。
それを見てマダスカは、落胆した。
そう、無理なのだ。
編み込まれた魔法に無理に抵抗しようとすれば、このように四肢に反動がくる。
こうなってしまった以上、自分たちに出来ることは、なにも――
「が、あ……あああっ!」
「!?」
今度こそ本当に、マダスカは目を見開いた。
少年は右腕に加えて左腕、胸、さらには腹から吹き出す血すら構うことなく、魔法の理を引き剝がしにかかっていたからだ。
「……お、おい、お前。待て、それ以上やると、死――」
「あああ、あっ!」
それは奇しくも先ほどの構図の、逆転。
マダスカの言葉など聞こえていないかのように、エリューはさらに全身に力を込めていた。
エリューの身体は、さらにその両脚、遂には首筋からも出血が起こり、その周囲はまるで血の堀状態となる。
それにマダスカも、
「お……おいお前っ! 待て、やめろ、本当に死ぬぞ? オルビナさまの魔法は、完璧強固そのものだ。それ以上やっても、結局――」
「あああ――ああァッ!!」
ぶちっ、という何かが切れるような音。
それにマダスカは、惨状を覚悟した。
この目の前の少年の四肢が、バラバラに千切れ舞う様を幻視した。
しかし――
「ばか、な……」
少年は、立っていた。
縛り付けられていた場所より前に飛び出した形で、全身に無数の切り傷、出血――特に首の頸動脈から今も濁流のように溢れさせながら、しかし五体満足に。
「お前、なぜ……」
「オルビナっ!」
しかしエリューはマダスカの声など聞こえないかのように、道の先――オルビナが去った方向を見つめ、
「絶対に……死なせないっ!」
「…………」
その真っ直ぐな視線に、マダスカは打たれた。
自分がどれだけ慕おうとも、保身を一番に考えていたと糾弾されたようで。
「オルビ――」
「……待ちなさい」
駆けだそうとしたエリューに、後ろから声がかけられた。
それにつんのめる形で振り返ると、
【――ecte gilas tier tac】
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