緊張感

2020年3月12日

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 大会当日に選手に出来ることなど、勝つこと以外に何があるというのか。

 選手にあるのは、勝利か敗北のみだ。
 みっともなく負ける?
 それくらいなら?

 冗談だろ?

 負けにみっともなくもかっこよくも、あるものか。
 戦国時代に侍が負けて、あいつは潔かった、あいつは往生際が悪かったなどといわれても、結局は物言わぬ屍だ。

 勝つだけだ。
 そんな単純なことを、なぜ自分は忘れていたのか。

「あああああッ!」

 洗面台の中から顔を跳ね上げ、叫んだ。控え室のトイレで、天寺は叫んだ。
 周りの控え選手達が驚き、振り返る。
 構わず吼え続ける。

 勝利への、叫びだ――!



 その時、天寺は気づかなかった。
 そのトーナメント表の中央に、天寺と纏の名前を隔てるように潜んでいた、ある男の名前。
 Bブロック前方、ゼッケン22番。蓮田夕人(はすだ ゆうじん)。

 所属、盟帝会(めいていかい)――





 宴が始まっていた。

 試合場の上で二人の高校生が戦っている。
 二人は共に白いズボンに白い浴衣のような上着を、茶と緑の帯でそれぞれまとめていた。

 空手衣だ。
 しかし最近の現代的な、外人のようなお洒落な顔をした高校生にその格好が似合っているといえる者は、なかなかいなかった。

 それは壇上の二人も同様で、背が高く線が細い少年と、髪が長い少年との空手衣の組み合わせは、見る者に若干の違和感を感じさせた。

 彼らの両手両膝両足には、サポーターがつけられている。
 学生の間の試合はこれは義務になっている。

 大人――一般の部になって初めて、素手素足の実戦さながらの試合に変わるのだ。
 小学生から中学生の部には、さらにヘッドギアもつけられ、安全面が考慮される。

 試合は、無骨なものだった。
 もっと言えば、未熟なものだった。
 プロのようにハイキックや間合いの計りあいなどは行われない。

 開始と同時に接近し、ひたすら相手の胸、腹を叩き、ローを足に放つ。
 それだけだ。

 しかしお互い、退がらない。
 退がれば負けといわんばかりに。

 しかし、それは一般的な高校生レベルの試合でいうのなら、あながち間違った見解というわけでもなかった。
 そのレベルのテクニックに、突進やパワーを凌駕できるものはない。
 接近し、突き合いで押し込むか、足を蹴って効かせた方が勝ちになるパターンが圧倒的なのだ。

 試合の緊張感というものは、馬鹿に出来るものではない。
 その緊張感のせいで、普段は出来ていることが出来なくなり、練習したテクニックが出せず、原始的な試合に終始することなど、むしろ普通のことなのだ。

 背の高い線の細い選手が髪の長い選手を、突きで徐々に押し込んでいく。
 髪が長い選手も苦悶の表情を浮かべながら懸命に突きを返すが、退がるのを止められずにいた。
 まるで重りをつけて、海底に潜っていくかのように。
 そのさまは、見ている者に息苦しさのようなものを与えていた。
 もがいてももがいても、変えられない運命のような――

 どん、という太鼓の音とともに、赤い小豆袋が試合上に投げ込まれた。
 それは試合終了の時間が来たことを告げる合図だった。

「止め!」

 紺色の半袖のシャツにオレンジのネクタイ、それにスラックスを履いた格好の男――主審が間に入り、二人を分ける。

「判定を取ります……判定!」

 ピッ、という笛の音とともマットの四隅に座った副審から四本の赤い旗が上に掲げられる。
 それを主審が一つづつ指差しながら、

「赤。一、二、三、四」

 そこで自分を指し、

「五、赤!」

 赤――背の高い方の選手の勝ちを宣言する。
 その後、場内にアナウンスが流れる。

『只今の試合は判定により、ゼッケン42番、田中選手の優勢勝ちであります』

「いよいよか……」
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