二十九話「現役復帰」
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目次
本編
その机の上で男は作業を続けていた。
肉厚な男だ。
首、胸板、腕、足――その全てが、常人の二倍は太い。
しかしその太さは脂肪のそれではない。
筋肉だ。
それも、縄で縛られたハムのように絞り込まれた、濃密な筋肉。
そしてその顔もまた、太い。
あごの肉、首周りともに盛り上がっている。
だが、それに反して髪の毛はきっちりとまとめられていた。
ちぐはぐなようにも見えるが、どこか奇妙な調和がそこには合った。
肉厚な男だ。
首、胸板、腕、足――その全てが、常人の二倍は太い。
しかしその太さは脂肪のそれではない。
筋肉だ。
それも、縄で縛られたハムのように絞り込まれた、濃密な筋肉。
そしてその顔もまた、太い。
あごの肉、首周りともに盛り上がっている。
だが、それに反して髪の毛はきっちりとまとめられていた。
ちぐはぐなようにも見えるが、どこか奇妙な調和がそこには合った。
その男――天寺が通う空手道場の師範にして、煉仁会空手西東京支部の支部長であり、橘纏の父親――橘哲侍は考えていた。
今年で哲侍も、三十九になる。
今までは不慣れな道場経営と子育てに追われて、稽古どころではなかった。
特に最初は大変だった。
ありとあらゆる手段、手順を、自分ひとりでこなした。
許可を得たあと、走り回って電柱や掲示板にポスターを貼る。
デモンストレーションのため、各地のイベントで演舞をこなす。
数少ないツテやコネを使い、知り合いに声をかける。
そして人の流れや立地条件を考えて借りる道場の場所を決め、交渉に行く。
最初、十人と少し集まった。
それを少しづつ増やしていき、半年後三倍に増えた。
その頃から合宿も始めていった。
さらに一年後、百人を超えた。
その辺りから大会も始めた。
そして現在、門下生は五百人に達しようとしている。
そして今日、纏が長崎から戻ってきた。
実力を計るには、同年代とやらせるのがいい。
そして天寺司は自分の秘蔵っ子だ。
都大会王者という肩書きもある分、一番よくわかるだろう。
その結果は、哲侍が考えた以上だった。
纏の組み手は、劇的な変化を遂げていた。
それに、空手に対する向き合い方もだ。
強さも、以前とは比べ物にならないものがあった。
司との噛み合い方は、尋常なものではなかった。
――あの二人は、強くなる。
空手に限らず格闘技において、ライバルの存在は大きい。
あいつに負けたくないから、もっと練習する。
あいつに勝ちたいから、耐えられる。
あいつが、あいつが――それは、強力なモチベーションだ。
そういう存在が及ぼす影響は、練習量、メンタル面において、ダイレクトに反映される。
哲侍も過去、そういう存在と、死ぬ気の切磋琢磨を繰り返してきた。
だから、それは実体験としても、よくわかる。
あいつに負けたくないから、もっと練習する。
あいつに勝ちたいから、耐えられる。
あいつが、あいつが――それは、強力なモチベーションだ。
そういう存在が及ぼす影響は、練習量、メンタル面において、ダイレクトに反映される。
哲侍も過去、そういう存在と、死ぬ気の切磋琢磨を繰り返してきた。
だから、それは実体験としても、よくわかる。
哲侍も人の親にして、先生と言われる身だ。
自分の子供、弟子には、強くなってもらいたい。
出来るなら、チャンピオンになってもらいたい。
それはこれからの鍛え方次第と言えた。
そして――
ぎちり、と硬い音を立てて。
哲侍の右手が握り込まれる。
にぃ、と口元に強い笑みが作られる。
哲侍の右手が握り込まれる。
にぃ、と口元に強い笑みが作られる。
その手が開かれ――不自然に"握り潰された万年筆"が、顔を見せた。
私も――現役復帰せねばな。
六月。
湿気が高まるこの時期の稽古は、蒸し暑さとの戦いでもある。
一年で一番汗をかくため視界が悪くなり、さらには床も滑る。
総合して、動きが鈍る。
蹴りが飛んできた。
捌く。
道着が重い。
その行く手を遮るように、別の蹴り。
捌き――切れない。
ガードの上から、腹に貰う。
これで四発目。
腹が軋みを上げる。
退がろうと思って――後ろが既に、壁だった。
突きで押し付けられ――
左中段廻し蹴り。
「ぐ、ぐぅ……!」
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