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三十二話「中段の武器」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 改めて天寺の顔を覗き込んだ。
 その視線に天寺はハッ、と顔を上げ、慌てて視線を合わせる。

 それを確認して哲侍は、

「――纏に、勝ちたいか?」

 ずくん、と天寺の体が波打った。

 纏に勝ちたい――それは、もはや何度かわからないほど自分の中で繰り返されたフレーズだった。
 それを哲侍に問われたということは――

「勝ちたいか?」

「押忍ッ!」

 叫んだ。
 それは天寺が意図した叫びではなかった。

 心の裡から迸った叫び。
 心の底から、初めて叫んだ"押忍"だった。

 押すために忍ぶ。
 勝つためには、何でも出来そうな気がしていた。

「そうか」

 哲侍は、その顔に快活な笑みを浮かべた。





 あるところでは強烈な中段蹴りを腹で受け、そのまま前に出て殴りつけていた。
 またあるところでは蹴り足を一瞬掴み、そのまま残った足を刈り取った。背中から落ち、轟音が道場に響く。

 普段の稽古ではまず見られない、上級者のみによる荒行。

 その光景から少し外れた、入口右手の鏡の前で、天寺と哲侍は向かい合っていた。

「司。お前の強みは、なんだ?」

 ガア、と野獣のような吼えとともに、誰かが床に叩きつけられた音が聞こえた。

「蹴り……だと思います」

「センスだ」

 喧騒は止まず、二人の背後を蠢き続けた。

「確かにお前は技を覚え、高めるセンスは人より飛びぬけている。だが、お前が纏のようにパワーで対抗しようとしたって、それは無理だ。人には向き、不向きというものがある。それは筋力トレーニングが必要ない、という意味ではない。戦い方そのものを変えるな、という事だ」

 それはつまり、力で負けたから力でやり返そうとしても、無理だという事。
 つまり――

「筋力トレーニングは続けろ。大事なことだ。だが、お前が纏に勝とうと思うなら、どうしても必要なものがある」

 そこで哲侍は右手で拳を作り、そこから人差し指を突き出し、それで天寺の腹を押した。

「中段の、武器だ」

 その後それを引き、指をしまい込み再び拳を作り、それで軽く天寺の腹を叩く。

 天寺がつぶやく。

「中段の……武器」

「そうだ。お前の上段の蹴りは、確かに目を見張るものがある。キレもタイミングも申し分ない。当たれば、同じ歳どころのやつならまず間違いなく倒れるだろう。

 だがな。上段の蹴りを当てるには、伏線が不可欠だ。上段への攻撃は誰でも警戒している。唯一鍛えられない箇所なんだ、当然だ。そのためには、中段か下段で相手の注意を引く必要がある。お前の中段、下段への攻撃の巧さ、速さ、的確さは認めよう――だが、な。どんなに巧く伏線を引いても、その伏線に威力がなければ話にならん。伏線ではいかんのだ。それで、」

 もう一度引き、今度は少し強めに叩く。
 天寺の体が微かに揺れる。

「倒せなければ、相手は見向きもせん」

 ――中段。

 今まで天寺は、中段蹴りを真剣に練習したことはなかった。

 倒すのは上段。
 そう決めていたから。

 中段ではどんなに強い突き、蹴りでも、一撃で倒すのはほとんど不可能に近い所業だった。
 選手はみな、鉄板のような腹筋を作って試合に臨む。

 一撃必殺。
 それを地でいきたかった天寺は、中段は形さえ出来ればいいとさえ考えていた。

「勝ちたいか?」

 少し上の位置から、試すように哲侍が天寺の顔を覗き込んでいた。
 それはこれが最終確認であるような、そんな重々しさに満ちていた。

 ――だが。

 天寺にも、もうあとに引けない、覚悟があった。

 あの時。
 纏に蹴り飛ばされ、みっともなく転がったあの時に。自分は、決めたのだ。

 もう、引かない。
 みっともなくとも、足掻く。
 押すために、忍ぶのだと。

「押忍ッ!」

 叫んだ天寺に対する、哲侍の答えは一言だった。

「前蹴りだ」

「――前蹴り、ですか?」

 それは天寺にとって、予想外の言葉だった。
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