三十九話「喧嘩」

2020年4月26日

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 何でもありの喧嘩において上着は、掴まれたり首を絞められたりと不利に働くことの方が多い。

 そのためあらかじめ脱いでおいた方がいいというのは、定説になっている。
 それにボクシングのファインティングポーズのようにしっかりと顔を包み込んだ両腕は、顔面へのパンチを警戒してのことだろう。
 体勢が低いのは、タックルなどで倒されないため。

 ――まったく、さすがに喧嘩をやり慣れてるだけある、と天寺は感心のため息を吐いた。

 対してこちらは、特にこれといった構えを取っていない。
 両手をだらりと下げ、中途半端に足を開いているのみ。

 というより、図りかねていた。

 実は天寺、喧嘩の経験はあまりなかったのだ。
 元来のんびりマイペースの彼は、人と衝突することが少ない。
 大島の時は理由があったからやったが、その際先手必勝と言ったのはそれ以外考えつかなかったからなのだ。

 その時はうまくいったからよかったが、今回はそうはいかないだろう。

 相手はしっかりと構えている上に、同じ煉仁会空手の道場生だ。
 こちらの技は知り尽くされている。

 対してこちらは、喧嘩の技などまるで知らない。
 空手では負ける気はしないし事実負けたこともないがこれはどうなるだろう……と天寺が考えていたところ。

 慎二はおもむろに、手近の机に手を伸ばし――





 筆箱を半開きにして、投げつけてきた。

「げ」

 思わず天寺は、声を上げた。

 半開きになった筆箱は空中で全開きになり、中身をぶちまける。
 消しゴム、分度器、定規から始まり、シャーペン、カッター、コンパスまで。
 ありとあらゆる危険なものが、様々な角度で天寺を襲う。

「――なろっ!」

 とっさに上着を脱いで、それを思い切り振り回す。

 その一振りで全体の七割は床に叩き落されたが、残り――よりにもよってカッター、コンパスが、天寺の体に飛来する。

「くっ――!」

 体を捻り、頭を下げる。

 カッターが二の腕を掠め、コンパスの針が頭の真上を通ったが、なんとかやり過ごした。
 ホッ、と息をついていると――

 上から、拳が降ってきた。

「!」

 慌てて両手で十字ブロックを作り、防ぐ。
 硬い感触。
 顔面へのパンチはほとんど未経験だったから、それゆえ過剰な恐怖が体を包むのを感じた。

 そしてその拳の上に、慎二のニヤけ顔が覗いていた。

「てめ、慎二!」

「お前を沈めるには、この拳で充分よ!」

 続いて左の拳が落ちてくる。天寺は固めたガードのまま、それを受けた。
 空手の組み手なら捌くなりカウンターをつくところなのだが、未だに顔面パンチありという状況に、体が慣れてくれなかった。

 いきなり、両手で後ろの襟を掴まれた。
 落としてきた両拳とも引かず、残していたのだろう。

 そのまま一気に、今度は体ごと上半身を引き下げられ――強烈な膝が、腹に食い込んだ。

 慎二はその手応えに、笑みを作った。
 周りの生徒が、息を呑む気配が伝わる。

 だが、天寺を襲ったのは痛みではなく、ある疑問だった。
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