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三十三話「中足」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

本編

 考えていたのは、もっと想像もつかないような──例えば世間一般に伝わっていない秘技だとか、師範クラスの者のみが知る奥義だとか、そういった類のもの。
 大体が、そんな基本技ならとっくに知っているというか――

「前蹴りだ。……お前の事だ。もしかしたらもっと極意だとか奥義だとか、そんな大げさなものを期待していたのかもしれんが――」

 ギクッ、と天寺の体が震える。

 それを片目でギョロリと見留め、哲侍は続ける。

「……空手の"技"、というものは先人が一つ一つ作り上げ、改良を重ね、その上で余分なものを省いていった、洗練されたのものだ。その中に上や下はない。全て、必要だから存在しているのだ。それをよく覚えておけ」

「お、押忍……っ!」

 心の中を見透かされ、自分の考えの浅はかさに天寺は顔が赤くなるのを感じた。

 それに哲侍には軽く咳払いして、

「……前蹴りは現在、蹴るというよりも、押す技、止める技、という認識の方が、世間の大部分を占めている。それはお前も同じだろう? 実際お前が前蹴りを使う時は、間合いを外す場合がほとんどだ」

 事実、天寺の中での前蹴りとはそういう位置づけだった。
 そこに威力は期待していなかったし、それは他の道場生にしても同じはずだった。

 前蹴りよりは廻し蹴り――それは格闘技界のセオリーといっても過言ではない。

 それを踏まえた上で、なお哲侍は続ける。

「だがな、元来前蹴りとは槍のように腹に突き刺す、倒せる技なのだ。それをこれからお前に教える。構えろ」

「押忍」

 天寺が構えた。それは普段は見せない、腰を落とし、両手を拳の形に握り、顔の前に持ってくるオーソドックスなもの――双手(もろて)の構えだった。





 その前方に哲侍が一足分の間を取って、立つ。

「この蹴りを教えるのは、お前で"二人目"だ」

 哲侍は何の構えも見せていない。ただ両手を自然に垂らし、肩幅ほどに足を開いているだけだ。

 天寺はそれを見て、纏を思い出していた。
 纏は、力の抜き具合こそ自然体だが、構えはちゃんと取っている。それに肉体のボリュームだって桁が一つか二つは違う。
 だからこれを見て纏を思い出すのはおかしいとわかっているのだが――やはり親子ということで、似通っているところがあるのだろうか?

「最短距離を通り、接地範囲が点にして、連打がきく。この蹴りの欠点といえば、他の蹴りと比べて習得に時間がかかるという事と、きちんと習得しなければ怪我をしやすい、という点だ」

 言われ天寺は、自身のつま先を見た。

 前蹴りを放つ場合、当てるのはつま先ではない。それは靴を履いているからこそ出来る芸当。
 素手素足で闘う空手においては、足の指を全て上に向けて現れる、肉の厚い腹――中足という部分で蹴らなければならない。

 だが、これが難しい。きちんとと中足に当たればいいのだが、肘などで受けられた場合爪を引っ掛けて割れたり、突き指をするなど、つま先で蹴った時と同じ怪我をする可能性が高い。
 それが怖くて中足ではなく、足の裏全体で押すように蹴る者も少なくない。
 天寺も距離を取る際はそのように使っている。

「お前にはその、技を覚えるセンスがある。お前なら大きな怪我もなく、それほど長い時間をかけずにこの蹴りを覚えることも可能な筈だ。だがな、司。だが、だ。その道は、決して平坦なものではない。以前の――どこか空虚なお前になら、私は教える気など、なかった」

 そこで哲侍はぐう、と押し付けるような視線を天寺に向けた。その迫力に天寺は、上半身が押されるのを感じる。

 ――空虚な、自分。
 それは天寺自身、ずっと感じてきた事だった。何もかも簡単にこなせた。何もかも必死にやる必要などなかった。何もかも、むなしかった。

 ――自分の中身は、からっぽだった。

「だが、私は。お前が纏と戦い、お前の中で何かが変わったのを、感じた」

 その言葉に、天寺は自身の体が粟立つのを感じた。
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