三十話「必死」

2020年4月26日

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 ガードの上から叩き込まれ、耐え切れなくなり、天寺は呻き声をあげてしまった。
 纏はその声を聞きとめ、攻撃の手を止めて一歩下がる。

 途端、今まで堪えていた分の痛みが噴き出し、たまらず腹を押さえて体をくの字に曲げ、膝をついた。
 視線を感じる。
 纏が、上からあの鉄面皮のような無表情で、こちらを見下ろしている――

 血を吐き出しそうなほど、悔しかった。

 天寺は纏と、組み手を行っていた。
 今度のは前回のような一本組手ではなく、通常の全員で回るものだ。

 そこで天寺は、最初はうまく捌き、いつものように上段蹴りを狙っていた。
 しかし徐々に追い詰められ、ローや突き、時折放たれるハイなどでバランスを崩され、膝蹴りをまとめられ、壁際に追い詰められ、最後は左ミドルをガードの上から貰い、一本負けを喫してしまったのだ。

 まさかカードの上からこれほどのダメージを被るものだとは、想像だにしていなかった。

「くっ、づ、ぐぅ……ッ!」

 纏に喫した一本負けは、これで五度目になる。

 あの初対決から、既に二ヶ月が経過していた。
 天寺はあの時受けた左中段廻し蹴りで、右肋骨に手痛い打撲傷を負っていた。





 それが、動くのに支障ない程度まで治るのに、一週間ほど。
 そこから組み手が出来るようになるまで、さらに二週間を費やした。

 それから約一ヶ月の間に、それだけの負けを天寺は纏に喫してしまっていた。

「ひゅ……ひゅ……」

 短い呼吸を繰り返し、天寺は必死に痛みから回復しようとした。
 息をするたび腹は軋んだが、その度痛みは落ち着いていった。

 あの初対決から、天寺は変わった。

 今までの天寺は、それほど稽古を重要視していなかった。
 汗臭く必死になって稽古するより、感覚を研ぎ澄まして一瞬のセンスを磨くべきだ。
 努力なんて、才能のないやつがすること。
 そんな風にすら、考えていた。

 それをあの負けが変えた。

 強烈なまでの欲求が、天寺の中に生まれていた。
 勝ちたい。
 汗臭くても、必死になってでも、みっともなくたっていいから努力して強くなって、勝ちたい。
 そんな風に考えるようになっていた。

 毎日毎日汗を流して、必死に稽古した。
 道場に行く回数を週二から四に変え、家に帰ってからは毎日二キロを走り、柔軟を入念に行い、今までやってこなかった筋力トレーニングさえメニューに加えた。

 それでも、纏には敵わなかった。
 それどころか、戦うたび差は開いていくように感じられた。

 天寺の戦い方は、いうなれば相手の裏をかく、奇襲戦法に近いところがある。
 それは逆にいえば、戦えば戦うほど、手の内を読まれ、通用しなくなるという一面も含んでいた。しかし、他にやりようもなかった。
 天寺は技に関しては他の誰にも負けない自信があったが、筋力に関しては常人以下しかないという自覚があった。だからこそ天寺は、今の戦い方を選択したのだから。

「ハァ……ハァ……」

 冷たい汗、整わない息。
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