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五十一話「気持ちの押し合い」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 だが、今回自分は前に出た。

 待っていられる精神状態ではなかった。
 早く試しかった。
 早く――見せつけたかった。

 自分が、どれだけ強くなったかを。
 会場中の人間に。

 あの男に。

 だが、思い切った突進は、自分の想像以上にうまくいった。
 筋力アップのためのトレーニングは、どうやら成功したようだった。
 それに最後の前蹴りも――

 巨体は、起き上がってくることはなかった。
 額に脂汗を溜め、苦しげに呻き続けている。
 それを確認し、副審の旗が斜め上をに上げられ、

「一本!」

 主審の声が響いた。

 調子は絶好調といってよかった。
 控え室で感じた過剰な緊張感も消し飛んでいる。
 高揚感が、体を包んでいた。
 天を仰ぐ。

 待っていろ――纏!





 すー、と大きく酸素を吸い。
 はぁ、と深く二酸化炭素を吐いた。

 それで今まで張り詰めていた緊張感が抜けるのを、遥は感じた。
 気づかなかったが、肩に相当力が入っていたようだった。
 首を左右に傾ける。ごきごきと音が鳴った。
 改めてもう一度深呼吸をしてから、足元のバッグからパンフレットを取り出した。

 試合は、3回戦まで消化されていた。
 あと残すのは準々決勝と準決勝、それに決勝の3試合のみだ。

 それを遥は、一試合一試合体を乗り出すように観戦していた。
 初めての経験に、血が奔流するような感覚を覚えた。
 ようやくこのタイミングで、一旦休憩が入ったのだ。

 だが、正直試合数の多さと、専門知識のなさから内容はあまり覚えてなかった。

 ただ、感じていた。

 技術の比べあい、というものとは少し違う。
 力のぶつかりあい、というのも語弊がある気がした。
 もちろん、その側面もある。
 だが――

 気持ちの押し合い。
 そういう一面が、遥の目からは一番見受けられた。

 一部の選手からは探りあいや駆け引きなどの、そういう一面が確かに存在したが、実際試合ともなると気持ちの迫力の前に、大部分が消し飛んでしまっているように見えた。

 叩かなければ、叩かれる――蹴らなければ、蹴られる――それによって押さなければ、押される――そうなったら、判定で――負ける。

 そういう強迫観念の中で戦っているように、遥には見えた。
 その圧迫感が伝わり、思わず肩に力が入っていたのだ。

 だが、印をつけた5選手の試合だけは、さすがに別格という感じがした。
 重苦しさを感じさせず、むしろ貫禄とでもいうようなものを見せつけ、技と力を存分に披露しているようだった。

 パンフレットのページをぱらぱらとめくり、『注目選手!』と見出しに書かれてるところで止めた。
 そこには写真つきで、初心者にもわかりやすいように今大会で上位に進出するであろう選手の紹介がされていた。
 とにかくこの選手の動向を追うことが指針の一つになる、といった具合だ。


『注目選手!

 優勝候補筆頭、ディフェンディングチャンピオン。"スナイパー"天寺司!
 彼については、今更説明の必要もないかも知れない。前回大会の決勝は、おそらくこの県内で行われた高校生の試合の中でも、最も有名なものの一つであろう。1年生にして、あの"歩く戦艦"の異名を持つ建末元示を終了間際、後ろ回し蹴りの一発で沈めたとき、彼の名前は県下に轟いた。今大会は彼の活躍を見に来た観客の方(かた)も多いはずだ。全国レベルであろう彼が今大会も出る。克目して見ようではないか。

 優勝候補最右翼、前回準優勝。"歩く戦艦"建末元示!
 彼の特徴は、なんといってもその巨体から際限なく繰り出される重い突きと、下段廻し蹴りであろう。
 オーソドックスだ。それゆえ、破るのも難しいといえる。巨体にも関わらず疲れを知らないそのスタミナも、腹や足への攻撃で技あり以上のポイントを取られたことがない打たれ強さも対戦相手を恐怖に陥れる。気づくと、手も足も出なくなっているのだ。今年で3年生になった彼は、前回の反省を元に顔面カバーの甘さという穴も埋めてきているだろう。
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