うつを語るに当たって最初に認識しておいて欲しいこと
安易なアドバイスの危険視
死の縁までいったと言って、それを簡単に流すのは……やめてほしいと迄は言わないが、そこまで行ったこともない場合に知ったような口で安易なアドバイスをすることがどれだけ危険なことかだけは知っていて欲しい気がする。
死の縁と言うものを簡単に説明すると――例えば人が、朝起きる。そして次の次の行動として、選択肢がいくつか現れると思う。通常ならば、パジャマを着替える、顔を洗う、水を飲み、朝食をとる、といったところだろうか。
死の縁に至ると言う事は、それらどう選択肢に加えて――「死ぬ」が現れるということだ。
普通に生きていて、普通に子供から大人になって、その2、30年かの間に、死ぬと言う行動の選択肢が起きることがあるだろうか?
これがかなりわかりやすい解説だと思う実際周りの人に説明するときに、これを例えとして出すと、その深刻さがそこそこ伝わったりする。
まずそもそもがうつ病に関して解説すると…あっちなみに私もそもそもが専門家では無いですし、専門家の話を伺ったわけでもないので、ぶっちゃけネット的な情報を集めて、本をいくつか読んで、そして実体験と重ね合わせた上での解釈ですので、いろいろ間違ってたらすいませんとあらかじめ先に謝っておきます(笑
そういういろいろ総合して判断したところ、うつ病、肉体疾患だと思うんですよ。
うつ病は肉体疾患
いろんな本読んだり、体験を聞いたりしても、みんな人が憂鬱だという気持ちに押しつぶされてどうにかなってるって言う人はあんまりないんです。
いやもちろん最初はそうです。傾向として真面目な人がそうなる、完璧主義の人がそうなる、いい人ほどそうなる、間違いないと思います…そういう理屈で言うと自分がなったと言うのがなかなか口がはばったいので、心苦しいところもありますが(笑
それでちゃんとやらなきゃ、しっかりやらなきゃ、そうじゃないとどうにかなってしまう、そういう脅迫観念に駆られて、みんな自分の精神と忍耐を追い込んでいく。そこは間違いないと思います。
その辺りの経緯は想像できると思うので、まぁこの辺で。
で、問題はそこからなんですけど、実際病状が発症するとなるのは、動けなくなるんですね。
人によって個人差があると思うのでそこは割り切って私の場合を話させていただくと、もうわかりやすくというかすごくというか、起き上がれなくなりました。
在宅で仕事やってたので毎朝8時には起きていたのに、なぜかどうやっても12時を過ぎないと目が覚ませなくなりました。
それで何もできない。私は長年空手をやっているので週5で2、3時間ぐらい稽古をやっていたのですが、全くできなくなりました。そして小説も書けなくなりました。双方やろうやろう、書こう書こうと言う気持ちはあるのですが、稽古のほうはそもそもが立ち上がれない、そして小説のほうはどうやってもキーボードに向き合う気力体力全てが湧いてくれないと言う状態でした。
家事が出来ない、趣味が楽しめない辛さ
そして何よりきつかったのが、家事ができなくなったことです。
炊事掃除、全くできなくなりました。1番痛かったのは、炊事、料理です。そもそもがまだ仮雇用のような状態で経済状況は相当に厳しくて、しかもうつ病が発症したのは仕事を辞めた後だったので、上京してから個人的な外食をすることは1度もありませんでした。私の食生活を支えていたのは、イオンとビックエーでした。
しかし私が幸運だったのは、全くたまたまなんですけどその頃仕事が忙しかったので、料理する時間が取れなさそうだったので、少し前にカレーを鍋2つ分作っておいたので、冷凍庫にジップロックに小分けにしたカレーが2、30個入っていました。だから何とか米だけは炊いて、それを解凍してかけることで何とか最初1、2ヶ月はしのいでいたのが苦いんだからありがたいんですが何とも判断しづらい、しかし今となってはいい思い出です(笑
次が、掃除ができなくなったのがきつかったです。洗濯だけはやらないとやばいので、それで干すところまでですべての気力を使い切りました。
少し不思議なもので、人間全く余裕がなくなると、汚れていく部屋が見えていかなくなるものなんですね。今では耐えられないようなうずたかく積もっていくほこりとか散らかった部屋が、その頃目に入りませんでした。ちなみにこれ、読んだところや聞いたり見たりしたところでは、結構あるあるな話です。
できなくなったのは家事だけじゃないです。あれだけ好きだった漫画、小説、ゲーム、アニメ、その他諸々一切が、見れなくなりました。
その頃したのは、できていたのは、家で横になって、毒にも薬にもならないようなテレビをぼんやりと眺めて、昼過ぎから夕方まで近場のスーパーをめぐるだけと言う名の散歩をする、ただそれだけでした。
この原因が、うつ病によく言われているセロトニン受容体異常のせいだと言われています。セロトニン受容体というのが、世間では幸福を感じるための器官と言うだけの認識が結構あるのですが、そちらはシナプスによる電気信号の受容にも関わっているので、脳からの運動信号の通信に大きな弊害を及ぼしていると言われています。かなり大雑把な解釈なので、ちょっとアレなんですけど汗
まず、うつ病に関して語るんでしたら、そこを理解してほしいですね。
怠け病じゃないんです。
辛くて、ネガティブな事しか考えられないから動けないんじゃないんです。
物理的に動けないんです。休んじゃダメ、しっかりするため、楽しい事考えちゃだめ、そーゆー脅迫観念の上で、セロトニン受容体を破壊しちゃったんです。
やりたいんですでもできないんです、それが辛くて、自分がダメ人間に思えてきて、どうしようもなくてそれでもっともっと自分を責めちゃうんですけどそういう無限ループなんです。
うつ病に関して言うんだったらまずここから理解してほしいんです。
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コメント一覧
うつ病は仰る通り、心だけでなく、脳や神経伝達物のバランスが崩れたりする病気です!
心ない人の言葉で、余計に悪くなったりします?
うつ病の方も元気な方にも、理解してほしいですね!
はじめまして。私も三度死にかけました(笑)。私も格闘技にたずさわってます。幼稚園からいじめに会い、我慢の限界が私を変えました。逃げる事が出来ない状態です。それから私はその人物と中学卒業までライバルでした。学校で常にトップ争いを。卒業と同時に極真会芦原道場に入門してから自分の弱さを知りました。それから人生に変化が出来てきましたが、エネルギーが凄く、道場破りも数回経験してました。まだ黄色帯でした。当時は黄色帯で他流の黒帯と同じだと。確かめてました(笑)数年たち、滋賀に極真会の道場が出来て、見に行ったんですね。師範が気さくな人で仲良くなり、スナックに飲みに行こうとなり、友人に。それから二人で練習したり、プライベートでもよく仲良くしてました。キックボクシングのランカーから極真にスカウトされたと言ってましたね。そこでかじりました。その師範に自己啓発を薦められました。極真会のなかでもブームでした。26年前になります。私は結婚と同時に職人仕事を独立してスタートしたので、キックボクシング、空手はストップしました。6年前に身体を壊して全て無くしました。鬱も最悪です。薬など効きません。しかし身体を動かす事がなんとか出来たので、筋トレからスタート、1年後はキックボクシングをスタート、ジムに所属してます。空手は芦原会館の先輩たちが、独立してたので試合の時はお手伝いに行ってます。色々な格闘技の師範、会長と繋がり、良い練習環境になってます。格闘技が私を成長してくれました。過去は大変な迷惑をかけてます。あえてふせますが、暴力で犯罪も数知れませんが確実に人生の角度を変えて来ました。格闘技には感謝しています。格闘技をもっと広げる為に色々やってます。格闘技で皆さんに貢献したいと考えています。私の経験が役に立てばこの上ない喜びです
何かの出会いが次へのステップ、人生の不思議ですね!