十八話「ノーガード vs サウスポー」
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目次
本編
でも、出来ればやっぱり試合を見せたかった。
どうしても組み手では、暗黙の了解でお互いに手心を加えるようになっている。
それだと自分の良さが出せない。
どうしても組み手では、暗黙の了解でお互いに手心を加えるようになっている。
それだと自分の良さが出せない。
そこに、他県の高校生チャンピオンがやってきた。
ダブルで嬉しかった。
クラスメイトにいいところを見せられるという期待感、自分と本気でやりあえる相手かもしれないという高揚感。
そして実はさらに天寺のテンションを上げる要素が、もう一つあった。
それはこの相手が、初めてこの道場を訪れた人間だということだった。
それはこの相手が、初めてこの道場を訪れた人間だということだった。
この道場に来たばかりの人間は、往々にして天寺の実力を見誤る。
天寺の体格は身長173センチ、体重57キロ。ゴツゴツした印象は皆無で、襟足は長くゴムで括られていて、構えはノーガード。
その外見から彼は、いわゆる舐められる事がよくあった。
それを、一度の手合いで打ち崩す。
その時の対戦相手の愕然とした表情を見るのが、天寺は好きだった。
相手の中での自分の評価が、反転する。
それを実感する時、自分が強いという実感が得られ、天寺はたまらなく快感を覚えた。
天寺は、笑みを作った。
纏はうつむき加減で目を細め、どこか虚ろな表情をしていた。
まるでなにがそんなに面白いのか、と蔑んでいるようでもあった。
そしてその構えもまた、同じく静かなものだった。
一般に最も普及している構えに、双手(もろて)の構え、というものがある。
両拳をアゴの傍に据え、腰を落とす。
体は相手に向け、30度ほど半身を切る。
一般にファイティングポーズとも呼ばれている、正面から衝突することに向いているものだ。
纏の構えは、それに近い。
だが、アレンジを加えてある。
拳の握りは軽く、前後左右に動けるように腰の位置は高めで、半身も30度ではなく45度――斜めに近かった。
機動性に優れた構えだ。
何が来るかわからない、逆に言えば何が来てもおかしくない。
悪く言えば半端、よく言えば怖い構えだった。
その上纏は、サウスポーだった。
左利きの構え。
通常大半の人間がそうである右利きでは、左足が前に来る。
それに対して纏は右足前に構えていた。
たったそれだけの事だが、こと組み手に関していえばそれだけで、闘いの組み立て方は激変する。
にやり、と天寺が笑った。
天寺の構えが変わっているように、纏の構えも通常のものではなかった。
それが、嬉しい。
しかもその構えから伝わってくる、冷たい空気。
天寺は背筋にぞくぞくするものを感じた。
「――シッ」
短い呼気と共に、天寺は右の前蹴りを放った。
だが、力はさほど込めていない。牽制の意味を込めた、しなやかな蹴りだ。
纏はそれを、右の掌(しょう)――手の平を使って、左に跳ね除ける。
そのまま身を屈め、懐に飛び込もうとする。
それに合わせるように天寺の体がスッ、と後ろに下がった。
同時に左足が短い弧を描いて、纏の前足である右足の太腿にぱちん、と軽い音を立てる。
下段廻し蹴り、一般的にはローキックと呼ばれている、脛で相手の太腿を蹴り込む技だ。
それに一瞬、纏の動きが止まる。
その隙に天寺は左、右の順番で足を引き、間合いを開けた。
再び構図が、元に戻る。
じっ、と纏が、天寺の顔を覗き込む。
まるでこちらの様子を窺っているような、そんな視線だ。
つ、つ、と右足前のまま、静かに間合いを詰めてくる。
それに合わせ、再び右前蹴りを放とうと天寺が左足に体重をかけ――
天寺の左足――前足が、外に吹き飛ばされた。
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