十九話「イン・ロー」
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目次
本編
一瞬自分の身に何が起こったのか、天寺はわからなかった。
膝の内側を狙ったローキック――イン・ローが左足に叩き込まれたのだと理解するのと、鉄パイプでぶっ叩かれたような痛みが襲ってきたのは、同時だった。
「――いッ! つ……づぅぅぅぅっ!!」
膝の内側が裂けたように、痛む。
靭帯が、軋みをあげている。
それに顔が歪む。
こんな痛みは、本当に久しぶりだった。
まともにローキックを――攻撃をもらうこと自体が久しぶりだったから、ある意味今のはぬるま湯からの覚醒の一撃といえた。
軸足を弾かれ、天寺がバランスを崩す。
左頬に、何かが肉薄していた。
「――――っ!」
ほぼ、本能。危険を察した肉体が、脳が何らかの指示を出すより早く上体を仰け反らせていた。
紙の先で指を切った時のような、鋭い痛み。
天寺がバランスを崩した瞬間放たれた纏の右上段廻し蹴りが、天寺の頬を掠めていった。
血が、細い線を作って空中に描き出される。
――くそっ!
乱暴に頬を拭い、前を見る。
その視界いっぱいに、纏の体が迫ってきていた。
「!?」
状況把握が追いつかない。
経験則のみで両腕を交差させ、十字ブロックを作る。
その上から、すさまじい衝撃が体を襲った。
「っっ!?」
天寺が頬を拭っている隙をついた纏の、体ごと弾丸のように飛び込んだ膝蹴りが、天寺のブロックの上から叩き込まれた。
勢いを殺しきれず天寺が二、三歩後方に、たたらを踏む。
纏が床に着地すると同時に、今度はその体が、弾ける。
天寺の体に、それこそ雨あられのように拳を叩き込んでいく。
真っ直ぐ、上から、右から、下から、左から――鳩尾(みぞおち)に、胸骨に、肋骨に、どてっ腹に、肝臓に――!
それを天寺は、掌、肘、小手――腕の尺骨部を使って、必死に捌いた。
打点を逸らし、下に落とし、左に流し、上にかち上げ、右に流し、軌道をズラして、凌ぎ続ける――!
打点を逸らし、下に落とし、左に流し、上にかち上げ、右に流し、軌道をズラして、凌ぎ続ける――!
いつものように笑みを作る余裕など、どこにもない。
捌くたびに掌が痺れ、肘が痛み、小手が軋み、筋肉に疲労がまとわりつく。
全弾、物凄いスピードと重さだった。
纏のその様は、まるで体から魂を吐き出しているようだった。
それほどの力が、気迫が、この突きには、込められていた。
しかも、果てが見えない。
捌いても捌いても、あとからあとから降ってくる――
どこまで続くんだよ!?
天寺が顔を歪めた、その時。
ほんのコンマ何秒か、空白があった。
一秒にすら満たない。
だが、降り注ぐ拳の雨はほんの僅か、止んでいた。
だが、降り注ぐ拳の雨はほんの僅か、止んでいた。
――チャンスか?
天寺がそう思った、次の瞬間。
再び地を這う、天寺の左膝の内側を狙ったイン・ロー――を、天寺は足を引くことで、紙一重で躱した。
唸りを上げて、蹴りが通過する。
しかし次の瞬間、天寺の反対の足――右足から、派手な打撃音が響いた。
「つッ!」
同じ左足、返す刀で天寺の奥足の太腿が蹴られたのだ。
イン・ローに続き、ローキックまでまともに貰うとは――
飛んでくる拳。
「く――」
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