十六話「県王者」
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目次
本編
「…………」
そうして去っていった哲侍と遥のやり取りを、朱鳥は天寺から視線を動かさずに聞いていた。
今まで朱鳥は、力というのは愚かで、傲岸で、それは見るものを不快にする醜いものだと考えていた。
事実学校で威張り散らすてる奴らはそんなのばっかりだ。
しかし、天寺の力は洗練され、驕ってもおらず、観衆を惹きつける、華麗なる技巧。
そういうもののように、思えてしまっている──自分がいた。
「…………」
その二つの事実の狭間で、朱鳥の心は揺れていた。
この凄さを認めるべきなのか、それとも今までのように撥ねつけるべきなのか――
そんなこんなで組み手も終盤に差し掛かり、それぞれが最後の相手との組み手を終えようとしていた、その時。
「押忍(オス)ッ!」
鋭い掛け声が、道場に響き渡る。
その場にいた全員の動きが止まり、その視線が声の主――いつの間にか入口の敷居に立っていた人物に、集中する。
五分刈りの頭に、黒い詰襟の学生服。歳の頃は天寺と同じほどだろう。
身長はやや低く、俯き加減で直立不動の姿勢を保っている。
そして肩にかけられた、白い道着を縛る"黒帯"。
「おお、来たか纏(てん)!」
その少年の姿に気づき、哲侍が笑顔で出迎える。
少年は堅い表情で姿勢を崩さず、両の拳を振って十字を切った。
「押忍。今日からまた、よろしくお願いします」
「ハハ、相変わらず堅いな。もう少し肩の力を抜け。それで、今日はどうする? もう組み手も終わりかけてるが、折角だから少し稽古していくか?」
「押忍、是非お願いします」
「そうか、なら着替えてこい。更衣室は出てすぐ左だ。時間もないことだし、一本組み手を行うから、準備運動とウォームアップをよくやっておけよ。サポーターをつけるのも忘れるな。準備が出来たら、道場に入って来い」
「押忍」
最後まで必要最低限の返事だけをして表情をまったく動かさず、その少年は更衣室に向かっていった。
それを見届けてから哲侍は、
「司!」
「押忍」
呼ばれ、天寺は組み手を中断し、哲侍の元に走った。
そこに哲侍は現状を、これ以上なく簡潔に説明した。
「ちょうど今、長崎県の高校生チャンピオンがきた」
ゆら、と天寺の瞳に一瞬、妖しい炎が舞い上がったように遥には見えた。
目をこすると、当然のように錯覚。しかし幻のその炎に、哲侍は油――いや、火薬を投げ込む。
「せっかくだから、一本組み手を行おうと思うのだが――ここ、都大会チャンピオンのお前は、どうする?」
天寺は、一瞬歯を食いしばるような仕草を見せたあと、応えた。
「闘(や)らせてください……ぜひ」
道場生たちが、新しく来た少年と天寺の二人を囲んでいた。
新しく来た少年は、名を橘纏(たちばな てん)といった。橘姓――つまりはこの道場主であり、西東京支部長である橘哲侍の、彼は息子だった。
これには道場生全員が驚いた。
どういう理由で二人は離れ、どういう経緯で再び同じ支部に所属する運びになったのか?
しかも高校生である纏が締めてきたのは、黒帯だ。
この道場には高校生の黒帯は一人もおらず、一つ前である茶帯の天寺が最上級だ。
その未だ見えぬ実力、それに何よりこれから行われる一本組み手に注目していた。
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コメント一覧
朱鳥が悩んでいるのもなんとなく気持ちはわかりますね、暴力の為の力しか見ていないと、空手とか柔道やらも力だから暴力と結びつけちゃうので……。空手とかは人を傷つける為のものではなくて、誰かが培った技術だときっと理解してくれるはずです、朱鳥は根はいい人なので笑 長崎チャンピオンと神奈川チャンピオンのチャンピオン勝負……続きが気になります!