#44「感動」
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目次
本編
声を出すのが、辛い。
それは即ち、生きていくのが辛いということに他ならなかった。
一人では立って歩くことすら出来ないぼくは、喋ることぐらいしか、出来ないというのに。
それは即ち、生きていくのが辛いということに他ならなかった。
一人では立って歩くことすら出来ないぼくは、喋ることぐらいしか、出来ないというのに。
「なんだか、思いださ、ない……?」
ぼくは彼女に、尋ねる。
あの、まるで夢のようだった出来事。
二人で外へと出て、タクシーに乗って、スカイツリーを見に行った日の出来事を。
あの、奇跡のような、思い出を。
「…………」
彼女はなにも応えてくれない。
それが否定なのか、それとも感情に折り合いがつかなくて喋れないのか。
ぼくには判断、出来なかった。
「ハハ、寂しいなぁ……なんだかぼく一人で、独り言、言ってるみたいだね」
ぼくはただ、喋り続ける。
返事があろうとなかろうと、それしか出来ない。
成海遼にとって、それが生きているということなのだから。
「暗い病院は……なんだか、ぼくの人生みたいだ。ずっと、先が、見えなくて、不安で……一歩を、踏み出せなかったんだ。そこがもし穴が空いてて、踏み込んだら、真っ逆さまだったら……そんな恐怖に、縛られてたんだ。だけどマヤが来てくれて、それでぼくは前に、進めた。まぁでも結局、行き止まりはすぐだったんだけどね。それでも最後に、外を見ることが、出来たよ」
口から想いが、べらべらと溢れ出てくる。
今まで隠してきた想い。
それが、制御なく出てくる。
それもそうだろう。
恥ずかしいだとか、相手がどう思うだとか、考える意味がない。
なにをしようと、なにを画策しようと、どういう意図があろうと。
もう、死ぬのだから。
「――外を見れて、よかった?」
彼女は、優しい。
本当に。
それが心に染みわたるほど、感じられた。
希望は時に、考えれないほどの絶望を喚起させる。
もう、届かないと。
たとえば農家でずっと野菜しか食べたことがない人間が、くじか何かで当たってステーキを食べたことを想像して欲しい。
美味しいが、二度とそれは味わえない。
それは透き通るほど純粋な、残酷さだ。
「よかったよ」
だからそれをぼく本人からの要望により叶えた形の彼女がこうしてぼくにその是非を聞くのは、それは優しさ以外のないものでもなかった。
だからぼくは、笑顔で応えることが出来た。
「外を見るのは、辛くないの?」
だんだん彼女の防壁が取れていくのを感じる。きっかけはなんだったのだろう?
ぼくがさらけ出したから?
物語ではよくあるけど、案外本当にそんなものだったりするのだろうか?
もちろんよく、わからない。
「外を見れて、ぼくは本当に……感動したよ」
感動した。
確かだった。
綺麗に整えられていない、剥き出しのそれ。
人々も、駆け引きに真剣で、気の休まる暇もない。
だからこそそれらすべては本当の意味で、輝いて見えた。
ぼくはなにも、綺麗に死にたいわけじゃない。
だけど周りがそれを強要する。
ぼくは、泥に塗れたっていい。
惨めだって構わない。
だけどなんでもいいからどんな形でもいいから、答えが、欲しかった。
ぼくがぼくであるという、答えが。
ぼくが生きてきた、意味が。
「感動……」
ぼくの言葉を、彼女はただ繰り返す。
ぼくはそれを、心地よい気持ちで聞いていた。
次になにがくるのかわからない。
それだけで会話というものは、生き生きと輝きだした。
「感動って、なに?」
なんて根本的な質問なんだろう。
なぜかぼくはそれに、心躍る心地だった。
「感動っていうのは、素晴らしいものを見て、心がわくわくすることだよ」
という意味にのっとるなら、今のこの状況もぼくは感動しているということになるのだろうか?
笑えてくる。
人生って、こんなに笑えてくるものだったなんて。
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