後悔、ばっかり

2019年12月16日

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 でもぼくにとっての死は、それでもなお違う存在だった。

 ぼくにとって生きるということは、同時に苦しみや襲いくる発作や治療の副作用との戦いをも意味していた。
 ただ生きるということが、創作物やテレビの中のひとのように簡単じゃない。

 だから死は、それを取り除いてくれる救いの手のようにも思っていた。

 そういえば彼女は尋ねた。
 生きているのは辛くないかと。死にたくないかと。
 それにぼくは辛いけど、今は死にたくないと答えたっけ。

 だけど今同じ質問をされたら、同じように答える自信はなかった。

 ――マヤ。

 口が役に立たないから、頭の中でその愛しい名を呼んだ。

 果たして彼女は、目の前に現れた。

「…………」

 どうして、と思おうとして、そんなこと既に瑣末事だと理解した。
 理屈がわかろうと、そんなことなんになるというのだろうか?

 いまこの瞬間に、死んでもおかしくない身だというのに。

「遼」

 いつも通りだね、君は。

 ぼくは嬉しくなった。だからなんとか、笑みに近いものを作ろうとした。
 たぶん、成功したと思う。



「死ぬって、どんな気分?」



 衝撃、とは少し違う感覚だった。
 彼女はタメもなく、そして無表情のまま、前置きも挨拶もなく、まるで世間話でもするように、その言葉を紡いだ。
 というより、吐きだした。

 驚きようもないだろう。
 ぼくはただ微かに笑い、

「……後悔、ばっかりだよ」 

 その笑みの正体が、自嘲だと気づいた。





 泣けてくる。
 笑っていたのは、まさかぼくが自分自身のことに対してだったとは。

 なんと哀しい人間なのか。
 なんて淋しい生き物なのか。

 ぼくって、やつは。

「できなかったこと、ばかり……悔やんでる、よ」

 人口呼吸器の中で、ぼくは必死になって言葉を紡いだ。
 彼女とだけは、言葉のやり取りを交わしたかった。

「なんで、やらないの?」

 彼女の言葉は、いつも胸の真ん中に突き刺さる。

 そのシンプルな在り方に、ぼくはいつも感嘆してばかりだ。

「ぼく、は……病人だ。生かされてる、色んなひとたちに。だからぼくの願いは、基本尊重されない。そしてぼく、にはそんな力も……意思も、ないんだ」

「意思がない」

 彼女はぼくの言葉をそのまま反復し、

「意思が、ないの?」

「だって、無理じゃないか?」

 無理なのモノは、無理。
 不可能なモノは、不可能なのだ。

 実際は物語のように、簡単な障壁なんてない。

 理解しなくては。
 受け入れなくては。
 現実を。
 それが大人になるっていうことなのだから。
 利口に生きるということなのだから。

 だから、だから――

「じゃあ無理じゃないなら、やりたいの?」

「……ハハ、なにを?」

 あまりに机上の空論。
 意味のないやり取り。

 それに思わず、笑みが零れてしまった。
 それも今まで浮かべていたものと、同種の。

 乾いた、自嘲の笑み。

 ぼくは彼女を笑ったわけじゃない。
 いまのぼくの惨めさを、笑ったんだ。

「遼の、したい――したかったこと」

 だけど彼女は微かにでも、笑わなかった。
 それどころかますます真剣とも思える熱を、その言葉は帯びていた。

 だからぼくも、笑わなかった。
 笑えなかった。
 真剣には、真剣に応えないと。
 そう、思ったから。

「――――」

 でも、すぐには言葉が出てこなかった。
 それがなんとなく、悔しかった。

 創作物のなかのキャラクターたちは、きっとここでカッコいい胸をつくような台詞を言うのだろうに。
 ぼくはなんて無様なんだろうと思った。

 それでも――

「……このまま死んでもいいかなって、思ってたんだ」

 彼女は微かに、目元が揺れたように見えた。
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