真っ暗

2019年12月12日

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 酷い有様だった。

 検査の次の日に起こったのなんて、前代未聞だった。
 これだから病気の身体というものは油断がならない。
 今日調子が良くても、明日はお陀仏かもしれない。

 世界は、決して安定していない。
 いつでもひび割れ、そして今にも崩れ去ってしまうかもしれない。
 それを知ったら、その日いちにちをおざなりに生きるだなんて、出来るわけがない。

 出来るわけがない。

「……っ、ぐ、う……?」

「! 先生、クランケ意識を取り戻しました!」

 遠くで誰かが、叫んでいる。

「よし、田島君鎮静剤投与! 峰君はクランケの汗を拭いてっ!」

「はいっ!」

 誰かが、なにかをしている。

「先生、心拍数低下! クランケの様子がまた――」

「電気ショック! 1,2,3! 反応ありません! もう一度だ!」

 そのどこにも、ぼくはいなかった。

 無数の言葉が、ぼくとは関係なくやり取りされている。
 それをぼくは、遠いところから見ていた。
 そんな心地だった。
 ぼくの身体を弄っているはずなのに、ぼくの意思とは関係なしだなんて、お笑い草だった。

 笑えない類の。
 いわゆるブラックジョーク。

 ハハハ。
 誰かが笑った、気がする。

 気づいた時、既に病室に戻っていた。
 当然のように全身に無数の管が繋がれている。

 まるで自分がロボットにでもなったような気分。
 指一本動かせない。
 唯一自由になる瞳を、横に向ける。

 ぴこーん、ぴこーん、と心電図が、ぼくの心臓の鼓動を伝えていた。
 一応生きていると、ぼくに確認させてくれた。

 真っ暗だ。
 いま何時だろうと思った。





 たぶんここは、ICU――集中治療室だろう。
 他に誰もいない。

 それは、困る。
 彼女が、来てくれないかもしれない。

 それは困る。
 誰もぼくの意思を伝えてくれない。

 誰もぼくを、連れ出してくれない。
 ぼくが生きる理由が、失われてしまう。

 こんな気分では、心電図が止まってもいいと思ってしまうじゃないか。

「…………」

 ため息すらつけない自分を、恨めしく思う。

 なにも出来ない。
 みの虫か、ぼくは。
 いやみの虫の方がよほどましだろう。

 こんな痛みに、苦しみに、さいなまれることはないのだから。

 ああ、生きるのは辛いなあ。
 本当に、辛いなあ。
 ままならないなあ。
 僅かな、楽しみだっていうのに。
 ささやかな、願いだっていうのに。
 それすら、叶わないだなんて。

 もう死にたいなあ、なんて考えた。

 その瞬間、世界はその色を変えた。

「――――」

 それは形容しがたい体験だった。
 世界は無数の色に満ちているし、明かりを落とせば黒一色に塗りつぶされる。
 だから世界が色を変えるというのは、言葉としてはおかしい。

 だからそれは色というよりは、在り方を変えたというべきだろうか。

 まるで、薄っぺらくなったような。
 立体感を失ったというか。
 元々の本質がさらけ出された――映画のセットが張りぼてだと、看破した時のような。

 それは、そんな感覚だった。

 死はほとんど物心ついた時から、傍にあった。
 だからそれは畏怖の対象ではなく、あたり前のものだった。

 生きているのだから、死ぬこともある。
 ずっとそう思っていた。
 だって昨日まで一緒に話していた病室の友達が、次の日にはいなくなっているなんてことしょっちゅうだったから。

 だからそれが普通じゃないと知ったのは、テレビや物語に触れてから、だった。
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