最大の歓迎

2020年1月1日

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「はい、元気でしたよ?」

 ぼくは対人スキルを最大限に発揮して、満面の笑みを母に向ける。

 だけど母がこちらを向くことは、ほとんどない。
 どこかおどおどした様子で、視線を彷徨わせ、時折横目で盗み見視線があったと知るや慌てて逸らし手をもじもじさせるといった具合だ。
 そこにどんな意味があるか、子供の時には理解できなかったが感じることは出来た。

 いまは理解まで出来る。
 いいか悪いかなんて、一言で説明できるわけがない。

「そ、そう、よかったわ……あ、ICUに入ってたなんて聞いてたから、私とってもびっくりして……な、なにか必要なものはないかしら?」

「そうですね、今のところはないです」

「そ、そう? じゃあ……な、なにか、その……い、いいことでもあったかしら?」

「そうですね、今のところ特には」

「そ、そう? じゃ、じゃあ……」

 しばし、沈黙。
 ぼくはただ黙ってベッドに腰掛けたまま首だけ角度を直角にそのひとに向けたまま、固まっていた。

 なにを切り出すでもない。
 なにを拒否するでもない。

 ただ、受け入れる。
 それがぼくにとっての、最大の歓迎の意だったから。

「な、なにか、なかったかしら? な、なんでもいいわよ? き、聞かせてくれないかしら? 遼さんのこと、なんでも――」

「特になにもないですよ。病院の生活なんて、退屈で、聞いても面白くないですよ。それより"お母さん"のこと、聞かせてくれませんか?」

 精一杯、ぼくとしては譲歩しているつもりだった。
 少なくとも、関わろうと。

 今までみたいに無難にやり過ごそうじゃない。
 相手の、母のことを考え、気分を良くしようと、面倒かけまいと、その上で交流を図ろうと。

 なんでだ。
 なんでだろう。

 なんで母は、それでもどこか寂しそうに笑うのだろうか。





 夕食前の、夕暮れどき。

 ぼくはその時、読書をしていた。
 タイトルは『後悔しない生き方』。

 だけどぼくはその本の残りを読むことに、疑問を持ち始めていた。
 人生疑問ばかりで、疑問こそが人生なのではないのかという疑いすら抱き始めていた。

「遼」

 なんとなく、その気配は感じていた。

「――今日は、早いんだね」

 笑顔は作らず、ぼくは迎い入れた。
 彼女は今日は窓ではなく、入口から入ってきた。

 換気のため開け放たれた扉。
 そこに一人、彼女は立っていた。

 やけに冷たい風が、窓から扉に吹き抜けていった。
 夜と違い、それはどこか寂しさを心に宿らせた。

 夕焼けは、昼と夜が別れる時間。
 ふとそんな単語が、脳裏をよぎった。

「思い出、作ろう」

 まるで子供みたいな言い方だった。
 でもそこに込められた意味は、大人も眉をひそめる類だった。

「君が、作ってくれるの?」

「んーん。思い出は、そのひとだけのもの。だから遼が、思い出は作る」

 その通りだった。
 正論に、隙はない。

 ならば隙のない正論には、なにで応えればいいのだろう?
 簡単だ。

「ぼくには、作れる思い出がないんだ」

 隙のない正論で、応えればいい。

 隙のない正論には、隙のない正論で納得させることが出来る。
 だが、隙のない正論に対して隙のない正論では、論破は出来ない。

 だってお互いに、隙がないんだから。

「なら、わたしが連れて行ってあげるから」

 それは、理屈を越えたモノにしか、論破は出来ない。

 ぼくは微笑む。
 理由などない。
 そして、意味もない。

 ただ心の、ままに。

「どこに?」

「遼の行きたい所に。遼は、どこに行きたいの?」

 ぼくは、天井を仰ぐ。
 突きつけられた現実。
 それはとても現実とは、思えなかった。

 ぼくは、

「……外の世界が、見てみたい」

 その言葉に、彼女はその手を差し出した。

 ぼくはその手を、掴んでいた。
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