#41「死」
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目次
本編
死がどういうものか、実のところぼくは考えたことがなかったのかもしれない。
死とは、訪れるものだと思っていた。
そして優しく、すべてを奪っていく。
そういうものなのだと、創作物やテレビを見て勝手に想像していた。
事実それに近い表現で、そのどれにでも描かれていた。
だから死は美しいものなのだと、勝手に解釈していた。
どうもそれは、違うようだった。
かなり近い部分で体験してみて、思う。
死とは、定型があるわけじゃない。
概念といえばそれに近いかもしれない。
現象、ただそれだけともいえるかもしれない。
死とは、結果だ。
肉体が生命活動を停止した"あと"に訪れる、状態。
それを、死という。
そこには美しさも、在り方もなにもありはしない。
ただ、抜け殻がそこにあるだけだ。
死とは、恐怖の対象ですら、なかった。
「遼」
誰かが、遠くでぼくを呼んでいる。
誰だったのか、どうしても思い出せなかった。
それに、胸が締め付けられる心地がした。
苦しくなる。
それは紛れもなく、恐怖だった。
でもぼくはなにが怖いのかが、わからなかった。
死は、怖くない。
ただ奪われ、そしてぼくはぼくでなくなるだけだ。
ぼくでなくなったあとの心配をしてなんになるというんだろうか。
死は、怖くない。
ただ奪われ、そしてぼくはぼくでなくなるだけだ。
ぼくでなくなったあとの心配をしてなんになるというんだろうか。
でもなにかが、怖かった。
たまらなく。
何かがわからない。
わからないことが怖いのか?
そんなことが、ありうるのか?
「遼……起きて、遼」
ぽた、と何かが頬に当たる。
冷たい、水気。
その名前をなんとか、思い出す。
涙。
泣いて、くれている。
ぼくのために、泣いてくれている。
「どう、したんだい……マヤ」
パキン、と頭にネジがハマったような感覚だった。
思い出したかったのは、それだった。
彼女の名前。
彼女との思い出。
彼女の、存在。
目を、見開く。
そこにいつものように、彼女がいた。
ぼくを無表情で、見下ろしていた。
そこに幾筋もの涙を、流して。
怖いのは、恐ろしいのは、彼女のことを忘れてしまうことだった。
思い出しか、あの世には持っていけないという。
だけど思い出すら持っていけないとするなら、ぼくはいったいなんのために生まれたのか?
いったいなんのためにあんなに辛い日々を生きてきたのか?
ぼくの人生は、なんのためにあったのか?
すべて、わからなくなってしまうだろう。
「マヤ……ぼく、は」
「寂しいの、遼?」
こんな日があったような気がするが、いまいち思い出せなかった。
ただ、寂しいのはぼくじゃなく彼女のような気がした。
だから必死に、声を出した。
「寂しい、のかい? マヤ」
マヤはなぜかぶるんぶるんと頭を振った。
流れていた涙が、噴水のように飛び散った。
「じゃあ……なぜ君は、泣いてるんだい?」
「遼が、寂しそうだから」
違う、と思った。
たぶん彼女は、嘘をついている。
それが直感的に感じられた。
だから、言った。
「ぼくが、死ぬからかい?」
彼女は、なにも言わなかった。
ぼくも、なにも言えなかった。
ただ、時間が過ぎた。
ぼくは彼女を見上げ、彼女はぼくを見下ろし続けた。
それだけだった。
だけどぼくは、満足だった。
彼女のことを、覚えておきたかった。
その姿を、目に焼き付けておきたかった。
忘れたくなかった。
彼女との思い出くらいは、持っていきたかった。
「遼は、いいの?」
「なにが?」
わからなくもないが、だけどそれは彼女に語って欲しかった。
「死んで、いいの?」
「君はぼくを、殺しにきたんだよね」
最初の言葉を、ぼくは忘れてはいなかった。
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