深々と降る雪

2020年3月5日

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 空を、見上げる。

 青い――というよありも暗さを含んだ碧い空から、白い粒が降り注いでいた。
 それはまるで宝石箱から零れ落ちてくる星々のように。

 それは、深々(しんしん)と。
 深々と、白い雪が降りしきっていた。

「君も、こんな風だったね?」

 言葉の方が、ぼくの脳を追い越して先に、認識していた。

 彼女は、振り返る。
 雪の中、まるで舞踏会のように可憐に。

「覚えてて、くれたんだ」

「当然だよ」

 本当は思い出したよ、というべきだったと思う。
 だけどぼくはその瞬間、そう言いたくて仕方なかった。

 だってこんなに素晴らしい彼女の笑顔を、見ることが出来たのだから。

「嬉しい……ありがとう、遼」

「どういたしまして」

 そしてぼくも、本当に嬉しかった。
 彼女はここまで、ぼくに様々なことをしてくれた。
 だからぼくも何でもいいから微かにでもいいから、なにかをしてあげたかった。

 だからそれが出来た奇跡が、嬉しかった。

 もう一度、雪を見上げる。
 あの日も、そうだった。
 ぼくはこうして、屋上にきていた。

 なんでだっただろうか?
 確か、父親と喧嘩したのだったか?
 よく、覚えていない。
 ぼくの子供時代は、実際なかなかに悲惨だったから。

 泣きじゃくり、それを両手でぐしゃぐしゃに拭き、俯き、無力でしかも病弱な子供はひとり絶望に、打ちひしがれていた。

 その時だった。
 ぼくは顔を上げて、空を見た。

 予感があったかといえば、それは覚えていないというのが本当だった。
 なぜかなんて、後づけの理屈だと実際はぼくは思う。
 ただその瞬間ぼくが空を見上げたというのが、なにより大事だとぼくはおもう。

 なぜならぼくはその瞬間、彼女を空に見たから。
 その瞬間、ぼくは彼女の在り方に心奪われた。

 その時のぼくにとって、あれほどの衝撃はなかった。
 その瞬間、様々なことを考えた。
 考えさせられた。
 その瞬間、今のぼくのような理屈屋な人間が生まれたといってもいいかもしれない。

 憧れた。
 ああ在りたいと、ぼくは願った。





「君は、どうして……ぼくに、会いにきたの?」

 一瞬だけ、気の迷いが生じた。

 蛇足に、踏み入れてしまうところだった。
 だけどぼくはきちんと、最後までぼくの心のままに動けた。

「遼は、わたしを、見てくれたから」

 たったそれだけの、理由。
 たったそれだけで、いい。

 ぼくは雪を、手ですくった。
 それは儚くぼくの手のうちで、溶けていった。

 ぼくは物事を、難しく考え過ぎていたかもしれない。

 ただ純粋に、そこに在ると認める。
 たったそれだけが、しかし誰にも与えられなかった。

 ぼくが彼女に心を開いたのも、たったそれだけの理由だった。

「……あぁ」

 もうなにもかも、答えが出てしまった。
 納得してしまった。
 ぼくは満たされてしまった。

 死んでもいいと、思えるくらいに。

「……死ぬの?」

「そうだね」

 ぼくは酷く柔らかい笑みを浮かべている自覚があった。

 ぼくたちは、よく似ている。
 思考も、そして考え方も。

 あまり喋らない代わりに、よく相手を見ているから、察しがいい。
 多くを語らなくても、済んでしまう。
 なにもかも満たされ、文句がないシチュエーションで、もう焦る必要もなかった。

 いまこの瞬間天地が割れてもいいとさえ、思ってしまえるほど。

「魔法が……」

 気がつけば、それは口をついていた。

「魔法が……使いたい」

 深々と、優しく降りしきる白い雪たちは、ぼくたちの体温もなにもかも、奪い去っていくようだった。

「なにがしたいの?」

 彼女の返事に、ぼくはにっこり微笑む。

「……天国に、行きたい」

 それはきっと、戯れ言。
 だけどそれも、いいと思えた。

 最後に笑って、逝きたいから

「連れて行って、くれないか?」
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