2020年2月14日

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 死がどういうものか、実のところぼくは考えたことがなかったのかもしれない。

 死とは、訪れるものだと思っていた。
 そして優しく、すべてを奪っていく。

 そういうものなのだと、創作物やテレビを見て勝手に想像していた。
 事実それに近い表現で、そのどれにでも描かれていた。

 だから死は美しいものなのだと、勝手に解釈していた。

 どうもそれは、違うようだった。
 かなり近い部分で体験してみて、思う。

 死とは、定型があるわけじゃない。
 概念といえばそれに近いかもしれない。
 現象、ただそれだけともいえるかもしれない。

 死とは、結果だ。

 肉体が生命活動を停止した"あと"に訪れる、状態。
 それを、死という。
 そこには美しさも、在り方もなにもありはしない。

 ただ、抜け殻がそこにあるだけだ。

 死とは、恐怖の対象ですら、なかった。



「遼」





 誰かが、遠くでぼくを呼んでいる。

 誰だったのか、どうしても思い出せなかった。
 それに、胸が締め付けられる心地がした。

 苦しくなる。

 それは紛れもなく、恐怖だった。
 でもぼくはなにが怖いのかが、わからなかった。

 死は、怖くない。
 ただ奪われ、そしてぼくはぼくでなくなるだけだ。
 ぼくでなくなったあとの心配をしてなんになるというんだろうか。

 でもなにかが、怖かった。
 たまらなく。
 何かがわからない。
 わからないことが怖いのか?
 そんなことが、ありうるのか?

「遼……起きて、遼」

 ぽた、と何かが頬に当たる。
 冷たい、水気。

 その名前をなんとか、思い出す。

 涙。
 泣いて、くれている。

 ぼくのために、泣いてくれている。

「どう、したんだい……マヤ」

 パキン、と頭にネジがハマったような感覚だった。
 思い出したかったのは、それだった。

 彼女の名前。
 彼女との思い出。
 彼女の、存在。

 目を、見開く。

 そこにいつものように、彼女がいた。

 ぼくを無表情で、見下ろしていた。
 そこに幾筋もの涙を、流して。

 怖いのは、恐ろしいのは、彼女のことを忘れてしまうことだった。

 思い出しか、あの世には持っていけないという。

 だけど思い出すら持っていけないとするなら、ぼくはいったいなんのために生まれたのか?
 いったいなんのためにあんなに辛い日々を生きてきたのか?
 ぼくの人生は、なんのためにあったのか?

 すべて、わからなくなってしまうだろう。

「マヤ……ぼく、は」

「寂しいの、遼?」

 こんな日があったような気がするが、いまいち思い出せなかった。
 ただ、寂しいのはぼくじゃなく彼女のような気がした。

 だから必死に、声を出した。

「寂しい、のかい? マヤ」

 マヤはなぜかぶるんぶるんと頭を振った。
 流れていた涙が、噴水のように飛び散った。

「じゃあ……なぜ君は、泣いてるんだい?」

「遼が、寂しそうだから」

 違う、と思った。

 たぶん彼女は、嘘をついている。
 それが直感的に感じられた。
 だから、言った。

「ぼくが、死ぬからかい?」

 彼女は、なにも言わなかった。
 ぼくも、なにも言えなかった。

 ただ、時間が過ぎた。
 ぼくは彼女を見上げ、彼女はぼくを見下ろし続けた。

 それだけだった。
 だけどぼくは、満足だった。

 彼女のことを、覚えておきたかった。
 その姿を、目に焼き付けておきたかった。
 忘れたくなかった。

 彼女との思い出くらいは、持っていきたかった。

「遼は、いいの?」

「なにが?」

 わからなくもないが、だけどそれは彼女に語って欲しかった。

「死んで、いいの?」

「君はぼくを、殺しにきたんだよね」

 最初の言葉を、ぼくは忘れてはいなかった。
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