ⅩⅣ/悪魔憑き⑤
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本編
激しい叱責が、白々しい森に響き渡る。
マテロフは興奮冷めやらぬまま激しく息を乱し、アレはそれを呆然と見つめていた。
やがて、口を開く。
「助けて、っテ……どういうことデスか?」
惚けているような感じなどない真摯な問いかけに、マテロフは挑むように少女を見た。
その前に血がにじむほど、唇を噛み。
決して誰にも、聞かせるつもりなどなかった話を。
「わた、しの村は……野盗に襲われたのよッ!!」
ああ――とアレは思った。
この女(ひと)は、自分と同じなのだと。
自分と同じ経緯で、こうして同じ場所に立っているのだと。
そんなことには気づかずマテロフは、
「その時母に父に祖母に祖父に弟に村のみんな、みんな……みんな全部、殺されたわっ! わたしはその時11歳で、それで……男たちの慰みモノに――!」
「待っテ」
その言葉を、アレは言葉で止めた。
いや、止めようとした。
しかしマテロフはそれに一瞬だけ呆気にとられたものの、
「な……なによ! 私の話は聞けないっていうの!? それとも同情? 冗談じゃない、そんなもの要らないわ! そんな役に立たないものより、現実を変えてよ! 私が失ったすべてを、返し、て――」
そこで初めて本当に、マテロフは止まった。
止められた。
少女が流す、一筋の涙に。
「……なによ。同情、なら……」
言葉は続きはしなかった。
アレが流しているのは、左目からたったの一筋だけ。
潤んで溢れて零れ落ちるそれとは違い、まるで線のように唐突に。
だからその清々しさに、瞳を奪われた。
これが魔女の魔術なのかと、疑うように。
「……かなしイ」
心すら凍結させるような、その言葉。
それはベトに放ったものと同種のものだった。
あらゆる意図がない、純粋な感情の結晶。
それをぶつけられたものは、ただ心奪われるしかった。
その濃密さ、温度の低さに。
アレは宙を見て、ただ訥々と語る。
「貴女モ、哀しかったんデスね……アア……世界は、哀しい。
かなしい」
三度目の、感情の発露。
同時に世界に、吹雪が発現した。
「!?」
叩きつけるような風と、同時に舞い散る雪の結晶たち。
それにマテロフは、目を瞬かせる。
こんな現象は、見たことがない。
剣を弾き飛ばすどころじゃない。
攻撃を防ぐどころじゃない。
身体を引っ張るどころじゃない。
自然現象すら、その手に在るというのか。
それは妖しい魔術どころの話ではなく、それこそ伝説にきく魔法の所業ではないか?
「あな、た……」
言葉をなくす。
それと同時、マテロフはいきなり降ろされた。
すとん、と両足が地面につく。
解放されたのは、いったいなんのためか?
少女の顔を、盗み見る。
少女は透明な涙を、両眼から零していた。
まるで人形のように無駄なく、一本の線として。
根拠はない。
そういう趣味も、嗜好ない。
だけどその無駄のない在り方を、マテロフは一瞬美しいと、感じてしまった。
「……泣いてるの?」
理解不能の思考も奇妙な喋り方も不可視の力も突然の吹雪も、頭から吹き飛んでいた。
ただ自分の話を聞いて、嘲笑も説教も同情もなくただただ哀しいと、美しい涙をこぼす目の前の少女に声をかけたくて、たまらなくなっていた。
理由など、わからない。
理由など見当たらなかったが、ただただそう、思った。
「かなシい……そうとシカ、言えなイ。そんなワタしが哀しイし、マテロフさんガ哀しクテ……」
「……私も、かなしいって?」
奇妙な言葉だった。
あなたはかなしい人ね、ならわかる。
そういう同情の言葉は聞き飽きてきた。
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