Ⅰ/悪魔憑き⑤

2020年1月11日

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 激しい叱責が、白々しい森に響き渡る。
 マテロフは興奮冷めやらぬまま激しく息を乱し、アレはそれを呆然と見つめていた。

 やがて、口を開く。

「助けて、っテ……どういうことデスか?」

 惚けているような感じなどない真摯な問いかけに、マテロフは挑むように少女を見た。

 その前に血がにじむほど、唇を噛み。
 決して誰にも、聞かせるつもりなどなかった話を。

「わた、しの村は……野盗に襲われたのよッ!!」

 ああ――とアレは思った。

 この女(ひと)は、自分と同じなのだと。
 自分と同じ経緯で、こうして同じ場所に立っているのだと。

 そんなことには気づかずマテロフは、

「その時母に父に祖母に祖父に弟に村のみんな、みんな……みんな全部、殺されたわっ! わたしはその時11歳で、それで……男たちの慰みモノに――!」

「待っテ」

 その言葉を、アレは言葉で止めた。

 いや、止めようとした。
 しかしマテロフはそれに一瞬だけ呆気にとられたものの、

「な……なによ! 私の話は聞けないっていうの!? それとも同情? 冗談じゃない、そんなもの要らないわ! そんな役に立たないものより、現実を変えてよ! 私が失ったすべてを、返し、て――」

 そこで初めて本当に、マテロフは止まった。

 止められた。
 少女が流す、一筋の涙に。

「……なによ。同情、なら……」

 言葉は続きはしなかった。

 アレが流しているのは、左目からたったの一筋だけ。
 潤んで溢れて零れ落ちるそれとは違い、まるで線のように唐突に。

 だからその清々しさに、瞳を奪われた。
 これが魔女の魔術なのかと、疑うように。

「……かなしイ」

 心すら凍結させるような、その言葉。
 それはベトに放ったものと同種のものだった。

 あらゆる意図がない、純粋な感情の結晶。
 それをぶつけられたものは、ただ心奪われるしかった。
 その濃密さ、温度の低さに。

 アレは宙を見て、ただ訥々と語る。

「貴女モ、哀しかったんデスね……アア……世界は、哀しい。

 かなしい」

 三度目の、感情の発露。

 同時に世界に、吹雪が発現した。


「!?」

 叩きつけるような風と、同時に舞い散る雪の結晶たち。
 それにマテロフは、目を瞬かせる。
 こんな現象は、見たことがない。

 剣を弾き飛ばすどころじゃない。
 攻撃を防ぐどころじゃない。
 身体を引っ張るどころじゃない。

 自然現象すら、その手に在るというのか。

 それは妖しい魔術どころの話ではなく、それこそ伝説にきく魔法の所業ではないか?

「あな、た……」

 言葉をなくす。
 それと同時、マテロフはいきなり降ろされた。
 すとん、と両足が地面につく。
 解放されたのは、いったいなんのためか?

 少女の顔を、盗み見る。
 少女は透明な涙を、両眼から零していた。

 まるで人形のように無駄なく、一本の線として。
 根拠はない。
 そういう趣味も、嗜好ない。

 だけどその無駄のない在り方を、マテロフは一瞬美しいと、感じてしまった。

「……泣いてるの?」

 理解不能の思考も奇妙な喋り方も不可視の力も突然の吹雪も、頭から吹き飛んでいた。
 ただ自分の話を聞いて、嘲笑も説教も同情もなくただただ哀しいと、美しい涙をこぼす目の前の少女に声をかけたくて、たまらなくなっていた。

 理由など、わからない。
 理由など見当たらなかったが、ただただそう、思った。

「かなシい……そうとシカ、言えなイ。そんなワタしが哀しイし、マテロフさんガ哀しクテ……」

「……私も、かなしいって?」

 奇妙な言葉だった。
 あなたはかなしい人ね、ならわかる。
 そういう同情の言葉は聞き飽きてきた。
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