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聖女ジャンヌダルク御伽噺小説「Silly rond ~白き聖女と、終わる世界~」

2020年9月27日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

前書き

ジャンヌダルクがモチーフのファンタジー小説

この作品は、私がロンドンに留学する前から構想を始めたものです。

私はジャンヌ・ダルクというモチーフが好きでした。モチーフという言い方が少々問題があるようですが、様々な物語に組みされている興味深いその在り方。

英雄でありながら、能力はない。

女性でありながら、救国を為し得る。

しかしてその結末は魔女のレッテルを貼られ、非業の最期を遂げる。

現在では様々な作品や某有名ソシャゲなどでも取り上げられていますが、その頃の私が知りうる限りではその魅力を十分に引き出していると思える作品は見当たりませんでした。実はロンドンに行ったのも、その辺りの取材及び研究がひとつのテーマだったりしたのです。

生家にも訪れ、十年もの研究

実際、彼女の生家にも訪れました。
彼女が睥睨する形となっている像なども見てきました。

そしてさらに十年以上の構想を経て、ようやく自分なりに結実しました。

魔女だと最期は蔑まれた彼女が、もし本当に史実のような意味合いではなく魔法を操る魔法使いだったのなら? それが真実だとする世界があるとするのなら?

そのような着想を私の扱う分野であるファンタジーライトノベルとして仕上げていきます。

メインテーマが、聖女と歴史と革命の、お伽噺系ファンタジー大河ロマンです

私青貴空羽、一番の自信作といっても過言ではなく、今までの読者の方にもかなりの高評価をいただいております。イラストレーターの方に描いていただいた挿絵もとてつもなく素晴らしいので、少しでも気になって頂いたならばぜひご一読をお願いいたします!!

第Ⅰ章「人形 -doll-」

Ⅰ/箱庭の世界①

 腰まで届くかのような、銀髪。

 白髪のそれとは、また趣きが異なる。
 その長い髪は窓から差し込む日差しに照らされ、仄かに輝いていた。
 いや、その表現もまた微妙に違っていた。

 輝くというより、透過している。

 文字通り透き通る、銀の糸。

 見る者に、そういう連想をさせる。
 それはそういう類の髪質だった。
 だから彼女と最初に会った者は、なによりもまずその美しい髪に視線がいく。
 銀髪の、美しい少女だと。

 次に印象に残るのが、その儚さだった。

「――――」

 いつも、憂いの表情を浮かべている。
 いや実際そこに、表情と呼べるものはないに等しかった。
 伏し目がちで、口元も喋るとき以外開かれることは少ない。
 だからそれを憂いととるのは、つまりは醸し出される空気だった。

 彼女と出会った者は、その空気を感じ取る。

 まるで時が、緩やかになったような。澱んだような。
 そこに流れ着き、たまっているような。
 そんな錯覚を、覚える。

 それほど彼女を取り巻く空気は、穏やかに流れていた。

 そして変わらない表情が、憂いの表情に感じさせた。

 つづいて異常というか病的なほどに白い肌、華奢な体躯、整った顔つきに目がいく。
 それはすべて美しい少女という体裁を整えていたが、しかし同時にとても儚い、人ではないもののような条件をも兼ね備えていた。
 それに加えて少女を取り巻く環境を鑑みて、出会った人物の最終的な印象が決まる。

 現実ではなく、まるで一枚の絵のようだと。

 それほどの価値と言うべきか非日常と言うべきか――異常さを、そこに見出す。
 宝石のような、はたまた幽霊のような人外じみた触れるのを憚られるような、そんな形容しがたい想いを。

 確かに抱くだろうその感情を。

 しかしそれを実際に見つめ、なにかを想うことが出来た人物は、ただひとりの女性のみに過ぎなかった。

 その女性は少女が存在する空間にある扉を注意深く開き、口を開く。

「いま、帰ったわよ? 今日の調子は、どうかしら? だいじょうぶ、だったかしら?」

 老婆だった。
 足元まで伸びる黒いローブを身にまとい、灰色の髪に、皺だらけ顔で、しかしそこに愛想のある笑みを浮かべた。

 そこは、とある民家の一室だった。
 質素な作りだった。
 年季の入った木造で、あちこちに亀裂が入っている。
 物も、壁に箪笥や中央に囲炉裏など、生きていく上での最小限しかない。

 その部屋の窓際に、ひとり用のベッドがあった。

 そこに一人の少女が下半身にタオルケットをかけ、腰掛けていた。

「調子は、どうかしら? 今日も、だいじょうぶかしら? だいじょうぶだったかしら? なにか、悪いことはなかったかしら?」

 繰り返される、少女を気遣う言葉の数々。
 それはまるで会話を求めてのものというよりも、自らの玩具を気遣う子供を連想させる一方的な問いかけだった。

 それに少女は初めて窓から視線を切って、老婆の方を向く。

 そしてゆっくりと確かめるように、微笑んだ。

「だいじょうぶです、おばあさん」

 少女の名は、アレ・クロアといった。

Ⅰ/箱庭の世界②

 よく晴れた昼下がりだった。

 こういう日は、より遠くまで世界を見渡せた。
 だからなにということはないけれど、だけどそれはどこまでも、それだけだった。

 窓から、外を覗き込む。

 今日も世界は、狂騒に満ちていた。

 パン屋から飛び出してきた子供は、泣きそうな顔をしてそのまま目抜き通りを駆け抜けていく。
 そのあとに続くのは、もの凄まじい形相をした大人の男。
 子供の手には一切れのパンが、大人の手にはひと振りの鉈が、握られていた。

 子供の口も大人の口も、これでもかというほど開け放たれていた。
 閉め切られた窓では叫んでいるだろうその内容を聞くことは出来なかったが、しかしその二人の立場が、状況が、表情が、そのすべてを物語っていた。

 助けて、と。
 お願いパンを下さい、と。

 許さん、と。
 盗人には死を、と。

 それに対して周りの反応は、厳しかった。
 だれも、なにも、応えてはくれなかった。
 それは子供の懇願に対しても、大人の狂気に対しても。

 ただ冷ややかな視線を、送る者は送っていた。
 それすらない者も、多くいた。

 やがて二人は、アレの視界から消えていった。
 少年の命運を知るすべは、アレにはない。
 男の狂気の行きつく先も、結局はわからない。
 世界はただ、何事もなかったかのように再び回り出す。

「――――」

 それをアレは、いつものように無感情な瞳で見つめていた。
 ベッドの上に膝を伸ばして座り、表情を変えずに。

 心はいつも、揺れなかった。

「――――」

 生まれてからずっと、アレ・クロアはそうやって生きてきた。
 ご飯を食べたり排泄したり眠ったりする以外は、そのほとんどの時間を窓の外の観察に費やしてきた。

 ずっと、世界を観続けてきた。

「――――」

 アレは子供の頃から、身体がうまく動かなかった。
 まともに歩くことも出来ず、筋力も人並み以下で、ずっと祖母がかいがいしく世話を焼いてくれた。
 外から食材を買ってきて、それを調理して食べさせてくれた。
 身体も拭いてくれたし、髪もすいてくれた。

 ただ黙って、ベッドに横になっていればよかった。

 だからただ黙って、外の世界を見続けてきた。

「――――」

 数え切れないほどのレンガ造りの建物の間を、無数の人々が行き交っていた。
 稀に荷馬車が通ることもある。
 だけどアレは荷馬車という単語すら、知らなかった。

 無数の人々は、様々な色の服を着ていた。

 無数の人々は、みんな苦しそうな表情をしていた。

 また誰かが、誰かを追いかけていた。

「――――」
 決して自分と繋がることがない人々を、アレはずっと観続けてきた。
 理由はなかった。
 というよりもアレは自分の行動やなにかの事象に、理由や意味を見出すという習慣がなかった。

 それは選択肢が無いという自身の境遇に、起因していた。

 ただそれしかないから、それをしてきた。

 ただ、それはそれだけのことだった。
「……アレ・クロア?」

 呼びかけられた声に、アレは視線を部屋の内側に送る。

Ⅰ/箱庭の世界③

 祖母がこちらを、いつもの笑顔で見つめていた。

「どうしたのかえ、アレ=クロア? お腹が空いたの? それとも喉でも渇いたのかえ? なんでもいっておくれ、わたしのアレ=クロア」

 そこに悪意は見つけられない。
 しかし残念ながら、同時にそこには善意も見つけられなかった。

 アレは気づいていた。
 理屈ではなく、永く窓から世界を、人々の様子を見続けてきた結果として身につけた、直感のようなものによって。

 祖母が自分を、どんなふうに見ているか。

 アレは微笑む。
 いつものように。

 それに祖母は、相好を崩す。

「ああ……アレ=クロアや。かわいいな、お前は。ずっとそのままでいておくれ。ずっとそのままで、わたしのそばにいておくれぇ」

 ニヤニヤと、自分を見るその視線。
 それはどこまでも、この自分の在り方しか見ていない。

 自分を、人間扱いしていない。

 ただの、所有物のひとつとして見ている。

「…………」

 それでも、笑っているしかない。
 自分には、それ以外の選択肢がない。
 祖母に育ててもらわなければ、それ以外の生きていくすべを自分は知らない。

「ずっとこのままでいます。ずっと傍にいますよ、おばあさん」

「あぁ……ずっとそのままでいてね、わたしの……アレ=クロア」

 窓の外では、別の子供が大人の男に追い立てられ――そして、捕まっていた。

 夜、眠る時。

 それはアレにとって、怖い時間だった。

 アレは普段、使っている感覚が少ない。
 まず、触覚はほとんど使わない。
 ずっと同じ姿勢でベッドに腰掛けていて、触れているものといえばタオルケットぐらいのもの。
 聴覚も乏しい。
 窓はずっと閉め切られていて、耳に入るものといえば祖母との僅かな会話のみ。
 嗅覚及び味覚なんて日に一度の食事だけ。

 だからほとんど視覚のみに頼って生きているようなものだった。
 だからそれを強制的に閉ざされるということは、それは自分が生きていると、人間であると感じられる手だてを、神から奪われる感覚に似ていた。

 だから毎夜、アレ=クロアは自然に意識が消えるまで決して、自分の意思で瞼を閉じることはない。

「――――」

 ずっと瞳を開けて、窓の外を見つめる。
 夜の街はまた、昼のものとは趣が違っていた。
 まずなんといっても、人がほとんどいない。
 昼間あれだけ行き交い、物売りなど含めて多様な人種の行動で活気がある大通りが、まるで死んだように静まり返っているのだ。
 いやこれは窓を開けたわけではないから実際聞こえているわけではないが、純粋に見た目の表現として。

 その代わりのように、街の輪郭のようなものが浮き彫りになっていた。
 普段は行き交う人々や馬車や追いかける姿に目を奪われて見えていない街の形に、目がいった。

 それはまるで、横たわる巨人のようだった。

 這い回る小人たちが消え、悠々としている。
 アレの目には、そう映った。

 だから夜は、苦手だった。

 自分が巨人の胃の中に、いるような気分になる。

「――――」

 アレはずっと、夜の街を見続けた。
 誰もいない街角を見ていると、昼間の出来事が思い出された。

 それを想い、アレは月を見上げた。

 ほの明るいあの天体を、アレはずっと見つめていた。
 アレがもちえる知識は、多くはない。
 教育など受けておらず、祖母から与えられるものもほとんどなかった。
 よって言葉もそれほど知っているわけではなく、字を読むこともかなわなかった。

 だからただ、アレ=クロアは胸を痛めていた。

「…………」

 今日も街角で、少年が痛めつけられていた。
 殴られ、蹴られ、血に染まるその頬は悲しくなるほど、痩せ細っていた。

 手はまるで祖母のように、筋が立っていた。
 泣き叫ぶその表情は、こちらの胸を切り裂くかのようだった。
 それでもなお、男は殴る手を止めることはなかった。
 男もまた、必死の形相をしていた。

 世界はなんて、悲しいモノなんだろうと思っていた。

「…………」

Ⅰ/箱庭の世界④

 言葉が出ることはない。
 出す習慣がなく、そして出してもどうにもならないことを哀しいくらいアレは理解していた。

 だからただ、アレは胸を痛めていた。

 世界はなんて、思い通りにならないモノなんだろうと思っていた。
 いや思い通りという発想すらなかったアレ=クロアは、ただ与えられない境遇に諦観に近い悲しみを感じるだけだった。

 ただ、悲しかった。
 どうしようもなく。
 どうにか出来るとか、どうにかしようだとか、どうにかしたいだとかも考えない。

 ただ、嘆いていた。

「――――」

 そして今日も、眠気が訪れる。
 それに気づくこともなくアレはそのまま、眠りについた。

 そして今朝もいつものように、祖母が声をかけてくれる。

「アレ=クロアや……どうしたんだい?」

 だけどなぜかその言葉は、いつもと違っていた。

 自分を、気遣っていた。

「……どうして、ですか?」

 ゆっくりと瞼を開けながら、応える。
 窓からは淡い光が差し込んできていた。
 癖で、最初にそちらに視線を向ける。
 朝早くから、いつもの光景が繰り広げられていた。

 行き交う人たちは、本当にいつものようだった。

 それに安堵がつけないことの意味を、少女は知らなかった。

 祖母は少しだけ、ほんの微かにいつもより眉を、
寄せていた。

「だって、あなた……泣いてるじゃ、ないの?」

「え……」

 言葉より先に、右手の甲で頬を拭っていた。
 本当だった。
 手の甲に、冷たい筋が触れる。
 自分は気づかないうちに、一筋の涙を流していた。

「なん、で……」

 理由はわからなかった。
 言葉で説明できる類のものではなかった。
 だいたいが、それほど流暢な言葉をアレは知らない。

 だから純粋にそれは、不思議だった。

 それを見て、祖母が言う。

「アレ=クロアや……あなた、なにか……悲しいのかえ?」

 祖母の悲しげな言葉が、鼓膜に沁み渡る。

 それにアレ=クロアは、実感する。

 ――あぁ、わたしは……悲しいのだ。

 この、世界が。
 虐げられている、人々が。
 それは何も子供に限ったことではなく、子供に分け与えてあげられず、暴力を振るうことしか出来ない大人すら含めての、ことだった。

 優しさを持ちえない全ての人々、そんな世界が、悲しかった。

 そんな世界で生きていかなければならない祖母が、不憫でならなかった。

 そして憂うことしか出来ない自分ですら、悲しかった。

「……おばあさん」

「どうしたんだい、アレ=クロアや……あなたに泣かれたんじゃ、なんだか私まで悲しくなるじゃないの……」

 優しい。
 祖母はどこまでも。
 それがわかるから、余計悲しかった。
 たとえそれがモノに対する愛情と同種のものだとしても。

 なぜならアレには、わかるから。どうしようもなく理屈ではなく、実感として、わかってしまうから。

 この暮らしが、遠くない未来で終わってしまうことが。

 世界は、少しづつ、滅びに向かっている。

 それはきっと、みんなわかっている事実だった。
 情勢、状況、日々送られてくる情報が、それが確実に近い決定事項だとあらゆる人々に伝えていた。

 なのに、誰もなにも出来ない。
 しない。
 それに疑問を持つことすらない。
 ただ、生きるために生き、死ぬために生きている。
 その営みを、ただ繰り返していた。

 その時代に生きる、誰もかれもが。

 それは、村自身も寸分たがわず、例外に漏れないことだった。
 アレ=クロアには窺い知れないことだったが、村は徐々に外敵の脅威に晒されつつあった。
 少しづつ包囲網を狭まれ、一つづつ軍の拠点は潰され、真綿で絞められるように襲撃の日は近づいていた。

 それでも村人に出来ることは、なにもなかった。

 なんの手段すら、持ち合わせてはいなかった。

 そんななか、アレの祖母は決して変わることはなかった。
 もっといえば、変わらないように見せる術に、長けていた。
 アレに変わりなく接し、変わりない日々を送る、演出する。
 それは長くこの村で暮らし、そして争いの世に慣れた老人の、処世術に近いものだった。

 週に一度だけ外に出て、教会に行き、食べ物を恵んでもらった。
 そのおり、神に祈りを捧げた。
 なにを願って、ではない。ただただ、祈りのためだけに祈りをささげた。
 無学な祖母は、何かを願うという発想そのものをすら、持っていなかった。

「……熱心ですね、ヴィレムさん」

Ⅰ/箱庭の世界⑤

 不意にかけられた声に、祖母は振り返った。

 白の生地に鮮やかな赤による装飾がなされた、神父服。

 一歩離れたそこで、神父さまが慈悲の笑顔でこちらを見つめていた。

 祖母は慌てて居住まいを正し、

「いえ、そんな……神の子たる我々の義務のようなものですし……」 

 作られた笑みに、神父は温和な笑みを浮かべる。

「義務ではありません、権利です。それをみんな、なぜかお忘れのようだ。我々は神に、祈ることができるのです。それは神の子たる我々が与えられし最大の幸福であり、権利なのですよ?」

 わかりきっている。

 その言葉を祖母は、口をつぐんで抑えた。
 神父はなおも声を上げ続ける。

 たったひとりしか観客がいない、オペラでもやるかのように。

「しかしその権利を、幸福を行使しようとしない残念な人々が、巷にははびこり過ぎている。だがヴィレムさん、あなたは違う。あなたはこうして毎日その権利を行使し、幸福を享受されておられる。素晴らしい! 感服いたします。まったく、みなそのようになられればこの時代ももっとよくなるというのに……」

 そして芝居がかったように神父は頭を抱える。その仕草に、祖母は帰宅したくてたまらない心地になっていた。

 祈るだけで時代がよくなるなら、そんな苦労はない。

 だけどこうして祈りに来ている自分がいることもまた、事実だった。

 そしてそんな自分は決して神父のこんな口上を聞きに来たわけでもないと、理解もしていた。

「しかしヴィレムさんは毎日教会にこられ、本当に熱心に祈られておりますね。いったいなにをそんなに祈っておられるのか、正直興味があるところではありますね」

 そして詮索まで始める始末だ。

 正直さっさと退散しようかと考えた。

 だけどなぜか、気まぐれが働いた。なにがきっかけかはわからない。
 しかし祖母はなんとなく、この大仰で好奇心旺盛な神父にことの真相を離してやる気分になった。

「――私はただ、たったひとつのことを願うだけですよ」

「ほう、たったひとつのことですか? それはよほど重要なことなのでしょうね。いったい、どんなこと――」

「あなたはなにか、願いがありますか?」

 唐突な言葉に、神父の猜疑心が一瞬かき消える。まさか懺悔を聞く立場の自分が逆に質問を受けるなどと、考えたこともないという顔だった。

「……私の願い、ですかな?」

「そうです、あなたには願いがありますか?」

「そう……ですね。あまり自身の願いなどと大それたことは抜きにして、世の平穏、神の子たちの幸福を念じてきた身なのですが……」

 嘘をつけ。

 反射的に祖母は思っていた。
 そんな御仁が祈りに来ただけの信者にここまで話し込むわけがない。
 結局この男は、ただ暇なだけなのだ。

 しばらく考える素振りを見せたあと神父は、

「……あえて言えば、お金でしょうか?」

 これはまたストレートにきたものだ。
 祖母は感心すらした。
 そこまで真っ正直にこられると、こちらもぐうの音も出ない。
 そう思っていたのだが、

「こういうと俗な響きがするかもしれませんが、そうではありませんよ? いまのこの時代、なにをするにもお金がいるでしょう? 逆にいえばお金がないというのは、手足がないにもひとしい状態とも言えなくはないですか? そういうわけではわたしは必要最低限のお金があればことたりるかな、と」

 その必要最低限の具体的な金額を知りたくもなったが、まぁこの男らしい解答かとも思った。

「それで、ヴィレムさんの祈りとはいったい?」

 相手も答えたのだからというもっともらしい理由をつけて祖母は、

「ただ、たったひとつ……私の可愛いアレ=クロアが、どうか生涯を穏やかに過ごしてくれますようにと――」

 それは、その時だった。

 教会の扉が、大きな音を立てて刎ね開かれたのは。

「え……」

 神父はそれに、呆気にとられたような声を出す。
 突然の出来事が、理解出来なかった。
 なぜこの神の家に、自身が予測できない事態が起こるのかと。
 しかしそれとは対照的に、無学な祖母は理解していた。

 なまじ学などなく、そして予測など出来ようもない世界に生きてきたため、祖母は体感として、理解していた。

「アレ……」

 これが、終わりの始まりだということを。

Ⅱ/運命の日①

 その日も、アレにとっては何も変わらない一日のはずだった。
 少しづつ滅んでいく世界を、俯瞰するようにベッドの上で横になる。
 そして一日は、何事もなく終わる。
 そうだろうと思っていた。
 それをただ、嘆くだけだろうと思っていた。

 何かが変わるのにきっかけなど必要ないということを、アレは知らなかった。
 それを知るには、アレにはあまりに経験がなさすぎた。
 あまりに条理、不条理というものを、知らな過ぎた。

 だから部屋のドアが荒々しく開かれた時、その反応は奇しくも神父と同じものとなってしまった。

「え……?」

 その瞬間、アレの脳裏には神父のように多くのことが駆け巡ることはなく――唯一浮かんだのは純粋な状況に対する、疑問だけだった。

 ――なに?

 しかしそれはいずれにしても、あまり変わりがあることではなかった。
 両者とも単に、この事態に対する覚悟が決まっていなかった、と一点に他ならないのだから。

 結局世を憂いながらもアレ=クロアがしてきたことは、ただ悲しむということだけだったのだから。

「イャッハァ――――っ! 燃やせ、奪え、犯せ、殺せ――――――――ッ!!」

 開け放たれたそこから飛び込んできたのは、耳をつんざくような痛々しい怒声、罵声、濁声(だみごえ)だった。

「…………っ!」

 それに反射的にアレは、両耳を塞いだ。
 こんなに大音量の声を鼓膜に叩きこまれたのは、初めてのことだった。
 まるで音の暴力ともいえた。こちらの状況など構うこともなく、一方的に押し付ける。

 そして次の瞬間。

 アレの真横にある窓が、叩き割られた。

「!?」

 ずっとこの部屋と向こうの世界を分け隔てていた、絶対の境界。
 そう思っていた。
 そう認識していた。
 だからアレは窓には触ることすらせず、埃まみれのそこからずっと向こうを観察してきた。
 それはアレにとって、神聖さすら含むものだった。

 それが目の前であっさり破られ、そしてその破片が自分の身の上に――降り注いできた。

「ぅわ……わ、わ……!」

 それに必死になって両腕で顔を、身体を庇う。
 恐かった。
 今まで一度もそんな経験がなかったから、それで身体を切るだとかそういう具体的に思うよりも純粋に、初めての経験に、恐れおののいていた。

 身体が――前に、引っ張られた。

「っ!?」

「あァ? おい、女がいたぜ?」

 気づけば目の前に、男の顔があった。髭もじゃで、脂ぎってて、それは見てはいられないものだった。
 しかもその目は真っ赤に充血し、ギョロギョロと動きこちらを観察している。
 否、舐めまわすようにしている。アレは耐えられず視線を外し、男から離れようとした。

 しかし、動けなかった。

 自分の身体は、胸倉を掴まれ男に拘束されていた。

「ッ? っく、ぅ……!」

「えっひゃはは! こりゃまた上玉だぜ? しかも若ぇ。若すぎる気もするがな……ぐひゃハハハハ!」

 ジタバタ足掻いてもビクともせず、そして男は自分を掴んだまま耳元で、笑い続けた。
 それも、大音量で。
 それにアレは顔をしかめた。
 なぜこんなに近いのにこんなに大きな声を出すのかが、理解できなかった。
 理解できないものに捕まった自分の状況が、理解できなかった。

 世の中は、理解できないものばかりだった。

「おいおいおい、俺たちの分も残しておけよ?」
「いーやそいつは期待しねぇほうがいい、あいつはアナルマニアだ。文字通りケツの毛までむしりとられるだろうよ」
「違ぇねえ」

『ギャハハハハハ』

 気づけば。

 声は、周囲360°すべてで、巻き起こっていた。

「…………」

 それにアレの意識は急速に冷えていった。
 落ち着いた、わけではない。
 ただ純粋に、冷静になっていったのだ。

 いつもと、変わらない。
 周りの出来事は、自分を置いていく。
 それが窓の向こうで行われるか、こちら側で行われるかの違いだけだ。アレはそう思った。
 事実このひとたちは自分のことを話しているようで、その実自分など見ていない。
 考えているのは、自身のことだけ。

Ⅱ/運命の日②

 なら、やることはただひとつ。

 いつものように悲しさに、心を痛めるだけ。
 その対象が世界から自分に、変わっただけだ。

「お前らにゃわかんねーよ、アナルの良さはよ、ヒャハハハ! んじゃまぁ……」

 胸ぐらから、衣服へと手が伸ばされる。
 白い粗末な一枚服は、簡単にまくし上げられる。

「げへへへ、役得役得……じゃあまぁ、いただくかァ」

 肌に、手が触れられた。

 気持ち悪かった。
 だからアレは、瞼を閉じた。

 最悪の瞬間を、見たくはなかった。

 もう、終わったと思った。
 ずっと気づいていた、終わりの予感。
 それが訪れた。
 ただそれだけの話だった。
 今まで一切なにもしてこなかったのだから、これは当然の帰結だった。

 だからもう、終わればいいと思った。

「げへへへ、やーらかいねぇ……って、うぉ!? なんだお前?」

 周りで男が、騒いでいる。
 もう意味もわからない。
 どうでもいい。
 どうせ自分には、手の届かない出来事だ。

「離れろ……っ、ババァ!」

 男の感触が、消えた。

 刃が肉を抉る音が、聞こえた。

「…………」

 刺された、と思った。
 なぜかなんてわからない。
 わかりようがないし、わかろうとも思えない。
 だけどこれで、本当に終わったのかと思った。

 だけどなぜか、痛みがなかった。
 それはさすがに無視できなかった。
 どうして痛みがこないのか?
 ひょっとして人間死ぬ時は、痛みを感じないものなのか?
 ならばいま自分は、天国にいるのか?

 アレは無意識に眼を、開けていた。

「おばあ、さん……?」

 おばあさんが目の前に、立っていた。
 こちらに背を向ける形で。
 いつも自分には笑いかけていたので、その背中を見ることはほとんどなかった。
 それは広く、頼もしかった。

 その右上から、ナイフが生えていた。

「おばあ、さん……ナイフが、出てるよ?」

 アレは呟き、いつの間にか地にべた座りしてた状態からベッドフレームに手をついて、ふらつきながらも上半身を持ち上げ、そのナイフに手を伸ばす。
 そんな場所に、ナイフが生えてはダメなはずだ。
 だから早く、取らないと。
 取らないと。

「……ったく、つまんねー殺しさせやがって」

 意味のわからない言葉とともに、そのナイフが向こうへ消える。
 よかった。
 ナイフが取れた。
 アレは安堵の笑みを見せた。
 あとは早く、いつものようにおばあさんがこちらを振り返ってくれないかと思った。
 そうすれば自分はいつものように人形のような、いつも可愛いといってくれた笑みを見せるから。

 しかし次の瞬間アレに浴びせられたのは祖母の笑みではなく、ナイフが引き抜かれた背中から溢れ迸る――鮮血だった。

「あ――――」

 それにアレは、言葉を失う。
 これはいつも見てきたものだった。
 食べ物を盗み、男に捕まり、殴られた子供たちが鼻や口から流していたものだった。
 その時子供たちは苦しそうな顔をしていた。
 だからアレは思う。
 おばあさんもきっと、苦しそうな顔をしてるんじゃないかと。

 おばあさんが、振り返る。

 そこにいつも通りの笑みを見つけた。

 口元から、赤いそれを溢れさせながら。

「あ……お、おばあさん……お、おはようございます」

 アレは震える口元を制して、いつもの挨拶を送った。

 いつも通りだ。
 アレは必死に自分に言い聞かせていた。
 いつも通り。
 なにも変わらない。
 祖母はいつものように自分に食事を届けに来てくれたのだ。
 それだけだ。
 だって祖母は笑っているじゃないか。
 だから自分も笑え。
 笑っていつものように話せ。
 なにも変えるな。
 変えてはいけない。
 変えた瞬間、世界は変わってしまう。

 まるで言い聞かせるように、アレは必死に思った。

「きょ、今日は少し早いんですね? どうしたんですか? なにかあったんですか? ち、ちなみわたしはなにもありませんよ? いつも通りです。いつも通りベッドで横になって、待ってました。待ってましたよ、おばあさんを? きょ……今日の食事は、なんですか? 楽しみです、お腹空いてるんですよ、はは……」

Ⅱ/運命の日③

 だが悲しいかなその必死さのせいで、アレはいつも通りを演じることは叶わなかった。

 こんなにアレの方から話しかけることは、通常ありえない。
 普段は祖母の方から畳みかけるように質問が浴びせられ、そして――今の祖母のように、アレはただ微笑むだけなのだから。

「……アレ、クロア」

「は、はいっ。なんですか?」

 祖母の身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
 アレの方に、突然。
 それにアレは驚き対応できず、そのまま下敷きになってしまう。

「っ、ぅ……お、おばあさん?」

 そこからもぞもぞと這い出て、アレは祖母の手を握る。

 しかしその時すでに、祖母の目は濁り光を映してはいなかった。

「アレ=クロア……これを」

「これ、は……?」

 アレに手渡されたのは、自身の血に塗れたロザリオだった。
 それにアレは、激しく動揺する。

 どういうこと?

 これはなに?

 いったいなにを伝えたいの?

 しかし結局どの疑問も口にすることは、叶わなかった。
 祖母は既に光を映していない瞳で天を仰ぎ、呟いた。

「どうか、アレ=クロアに……神のご加護が、あらんことを」

 それが最期の、言葉だった。

 そしてアレが握る祖母の手から、力が抜けた。
 同時に瞼も、閉じられた。
 アレは結局なにも語りかけることは、なかった。
 もう終わったのだと、直感として理解してしまったから。

「――――」

 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。
 嘘だと思いたかった。
 祖母の手を、強く握る。
 だけど返ってくるものはない。
 祖母は、既に祖母ではなくなっていた。

 こんな世界は、望んでいない。

「お別れは済んだかい、お嬢ちゃん? じゃあ今度はおじさんと、いいことしようかァ?」

 男の手が、肩に触れた。
 それに超反応ともいえる動きを見せて、アレは男の手を叩いた。

 生まれて初めて、ひとを拒否した。
 激しい嫌悪感だった。
 これまで一度も、味わったことがない類の。

 俯瞰感覚が、消え去っていた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 息が、荒くなる。
 頭が漂白されていく。
 なにが起こってるのか、理解していく。

 生きたい。

 生まれて初めて、心の底から、そう願った。

 生きたい。

 死にたくない。

 そう思った。

 死ぬのは嫌だと。

 しかし男はその抵抗に、露骨に顔を歪めた。

「……あァ? んだてめこら、なにしてくれてん、だっ!」

 パン、と思い切りアレは、頬を張られた。
 それにアレは、一瞬音が消えるほどの衝撃を受けた。
 生まれて初めての、暴力を味わった。
 意識がぼぅ、とする。

 そこにすかさず男が、乱暴にアレの衣服に手をかける。

 それにアレの意識は、覚醒する。

「ッ……イヤ! イヤイヤイヤイヤだ離して触らないでッ!!」

 それはアレ自身も想像すらしていなかった激しい抵抗だった。
 両手を振りまわし、髪を振りみだし、金切り声をあげる。
 それに男はもう一度、二度と頬を張るが、抵抗が止まるのは一瞬だけで、すぐにアレは暴れ出した。

 ただアレは、思っていた。

 祈った。

 心から、神に。

 神様に。

 神様に――!

 心の底から、叫んだ。

「お……お願いです、神様ッ!!」

 母の死体にのしかかられ、全身咽かえるような血の塊に頭からかぶり、白い天使から赤い悪魔のような様相になりながら、アレ=クロアは、喉の奥から絶叫を、振り絞った。

「た、助けてください! お願いです、助けてください、助けて、助けて、助けて、お願――」

 アレは男たちに捕まり、そして乱暴に拘束される。

「い、いやだッ! お願い、お願いしますッ!! 助けて、助けてください! 救って、わたしを救って! こんな、こんな世界は嫌だ! こんな風に終わるのは、嫌だッ! お願いです、神様ッ!!」

 その胸を裂くような絶叫に、男たちに動揺が走る。

「な、なんだこいつ?」
「やべぇな……イカレてんじゃねぇか?」
「どうする?」

 問われ、男は服を剥ぐ手を離し――得物を手に、取った。

 その切っ先が、アレ=クロアの胸に――心臓に、向けられる。

「殺しちまおう」

 そしてあっさり、突き刺さる。

 世界がひび割れたような、激痛。

 声すら出せない。

 それは信じられないような感覚だった。
 身体が無理やり開かれ、異物がねじ込まれるような。
 痛みとともに、それは同時に悪寒ともいえる感覚を呼び起こしていた。

 わたしの世界が、侵される。

 そんなこと、嫌で嫌で、我慢できなかった。
 耐えられなかった。

 これを本当に、心から――変えたいと、願った。
 そのためだったら、すべてを捨ててもいいとさえ、思った。

 命を、捧げる。

「――命を、捧げます」

 そう呟いた瞬間、細胞ひとつひとつが、わなないだ。

 その瞬間、アレクロアは確かに死んだ。

 しかし剣は、それ以上突き刺さることはなかった。

 そのあと何が起こったか、アレクロアは覚えていない。
 しかしどこからかやってきた兵がアレを介抱し、アレはそれにされるがままになっていた。

 ただ神と、契約していた。

 わたしはこの世界を救う、と。
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続きはこちらへ!→ 第Ⅱ章「剣 -brade-」

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