十四話「煉仁会」
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目次
本編
聞こえたのは、風の唸り。
感じたのは、髪が揺れる風圧。
見えたのは、目の前の木の葉が掻き消えた事。
でも結局、天寺が何をしたのかはまったく見えなかった。
「あー……そうか。お前、こういうの見るの初めてか。まあ、確かに慣れてないと、目がついてかないのかも知れないな」
そう言って天寺は、今度は一連の動きをスローモーションで再現し始めた。
まず、天寺の体が左足を軸に、背中向きにゆっくりと右回転を始める。
そして左半身がこちらを向いたところで、今度は右足の踵が浮き上がり、それが下方から真横に上げられ、それは体の回転によって背面越しに大きな弧を描き、ちょうど四分の三回転を終えた――右半身をこちらに向けたところでピタ、と遥の首筋に、静止した。
「ここからさらに膝を巻き込むことで完成する蹴りなんだけどな」
その足を再び丁寧に下ろし、天寺は笑う。
その迫力に、遥は息を呑んだ。
天寺は再び遥に背を向け、歩き始める。
それに遥も続き、
「――それで、その技術は」
「それがつまり――」
天寺は立ち止まり、振り返る。
そして肩越しに親指で、背後を差す。
「こういうことだ」
そこには、建物が立っていた。
木造平屋一戸建ての、日本家屋。
その入り口、表札に当たる板には、こう書かれていた。
煉仁会空手 橘道場
「煉仁会(れんじんかい)……空手?」
遥は再び、目を白黒させる。
それに天寺は笑みを作り、
「ま、そゆこと。オレの蹴り――お前風にいう『技術』は、ここで培われたものさ」
それに、遥は考える。
空手、って――漫画とか映画で、白い袴みたいなのを着て巻き藁(わら)叩いたり瓦を割ったりする、あれのことか?
「空手やってるから、あんなことが出来たの?」
いきなり。
話す二人の間に割り込む形で、朱鳥が天寺に詰め寄っていた。
それに天寺は動揺を浮かべ、
「て、あ……いや、その」
「どうなの? 空手さえやってれば、誰だってあんなことができんの?」
「ま、まぁ、その……頑張れば?」
「どんな風に?」
まくしたてられ、天寺は冷や汗を流し、
「……じゃあ、どうかな? 二人とも、オレの言葉が嘘じゃないってことを証明する意味もかねて、ちょっと見学していかねーか?」
全面板張りの道場には、ワックスが掛けられていた。
光沢のある無数の木目に、大木の中にいるような錯覚を覚える。
左手の窓枠に道場訓、右手には神棚も置かれている。
「おぉ。司(つかさ)、来たか」
天寺のあとに続いて入ったその建物の内装に目を奪われていると、不意に道場の奥から声が響いた。
それに遥は、回していた視線を向けて――目を剥いた。
パンパンだ。
それが、最初の印象だった。
「…………」
現れたのは、白い前合わせの衣装――空手着を纏った男。
しかし遥は、それに目を奪われたのではない。
胸元、そして腕。
盛り上がったそれは、まるっきり岩山。
ゴツゴツした腕は、ワインボトルか何か。
なぜか遥の脳裏で、知り得ない過程が想像される。
それは元々更に太かったものを、限界まで絞り込み、硬く張り詰めさせた、凄まじく密度の濃いもの。
ボディービルダーのような見せるものでも、俳優のような動きだけでもない、まさに実践に即した筋肉──
「お、この子か?」
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