Ⅵ/ありふれた傭兵⑤
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本編
どうしようもない世界。
その言葉は、ベトの胸に突き刺さるようだった。
わからない、理解できない、そんなものは知らない。
ベトにとって世界とは、ただそう在るものだった。
力がなければ、どうされても文句が言えない。
それは仕方がないことだった。
だから傭兵になり、力をつけて、人を殺して生きてきた。
それがイコール人生だった。
疑問という概念すら、ベトの中にはなかった。
だからそれが"どうしようもない世界"だなんて呼ばれる謂われは、ないはずだった。
「あんたさ……」
「わたしは、契約した。この命を捧げると。だからこの身は、既に死んでいる。だからわたしはすべてを捨ててでも、世界を変えなければいけない」
アレは、両手を開いた。
そして、天を仰いだ。
まるで教会の神父が、そうするように。
その瞳は、尋常な色をしていなかった。
限界まで見開かれ、瞳孔も開き、そこには凄まじい迫力が込められていた。
今までのアレとは、違う。
まるで別のなにかがのり移っているかのようですらあった。
「あ、あんた……」
「――でも、わたしには何もない。知識も、力も、歩くことさえままならない。そんな時、あなたが現れてくれた。
嬉しかった」
そこでいきなり。
不意打ちにみたいな笑顔が、ベトを襲った。
「っ!?」
それは襲った、という表現が一番近かった。
見つめた、というレベルじゃない。
今までの緊迫感から急転直下の、無防備で花咲くような可愛らしい笑顔。
それはベトの間合いを一瞬で詰め、防御を容易く貫き、そのまま心臓を刺し、遥か後方まで突き抜けていった。
あとにはただ、衝撃が胸の内に残るだけだった。
「……ベト?」
アレからの問いかけにベトは言葉で応えず、アレの腰に差した剣を無言で抜いた。
そしてその美しい切っ先を見つめ、
「――オレが手伝えるのは、剣の振り方を教えるくらいのもんだ」
その言葉にアレは一拍遅れて、
「あ……は、はい! よろしくお願いします!」
ひゅん、とベトは剣を振るった。
そして横目で、無邪気な笑顔でこちらを見ている少女を確認した。
なんなんだろうな、ホントに。
初めて、自分の部屋以外の場所で眠ることになった。
胸がハラハラして、なかなか寝付けなかった。
まるで、夜という名の闇に、呑み込まれていくようで。
「……ハァ……っ」
寝返りを打つ。窓側のベッドは、さすがに部屋の主であるベトが使用している。
自分は反対側――ドアの傍の床に、毛布を敷いて横になっている。
感触は硬く、そして少し寒いが、それよりも問題なのは、場所だった。
月が、遠い。
光が、足りない。
いつも窓際のベッドで、空を見てきた。
どんな時でも、月を見ていた。
月を見ていれば安心できて、安心できればそのまま眠りにつくことができた。
月が遠い。
光が足りない。
恐い。
おばあさんが死んでしまい、自分だけの世界が終ってしまって、こうして何も知らない所にきてしまった。恐い。
これからどうなるのかわからないし、どうすべきかもわからないことが。
恐い。
夜の闇が、恐い。
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