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七十五話「執念」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 一瞬自分で自分を殴ったのかと錯覚した。

 違った。
 ガードのため上げていた腕に、なにか――踵が、ぶつかってきたのだ。

 後ろ回しか……?
 ――後ろ回しだ!

 天寺は、あの超がつくほど接近した間合いから、体をこちらの体に滑らせるように回して、頭と足を上下逆さまにして、後ろ回し蹴りを放ってきたのだ。

 信じられない。

 そもそも発想と、体の動きが常識を飛び越えている。
 頭を時計のように回転させるなど、そんな話聞いたことがない。
 ガードを上げていなければK.Oされていたに違いない。

 ……こいつ。

 頭が一回転して、目の前に戻ってきた。
 その顔は、生気がないにも関わらず、目だけがギラギラと滾っていた。
 何か、どうしても許せないことがあって、体に鞭打って復讐しているかのように。

 突然、肩に衝撃が来た。

「……っ!」

 いや、厳密に言えば、左の"鎖骨部分に"鋭い痛みが走ったのだ。
 見ると、天寺の肘が、垂直にこちらの左鎖骨部分に突き刺さっていた。

 夕人の目が、驚愕に見開かれた。

 こ、こいつ……この間合いでやる気か!?

 膝を、鈍痛が襲った。
 顔をしかめる。骨と骨がぶつかった感触から察するに、天寺が脛を使いローキックの要領で、膝関節を蹴り上げたようだった。

 どれもこれも、反則スレスレの汚い手だ。
 だが、どれも効果はある。
 いやらしさに、顔が歪む。

 そんな時、ふと夕人の耳に囁き声が聞こえた。

 ――――憎い

「――――」

 その、空洞を反響するような虚ろな響きに夕人は、全身の血の気が引いていくのを感じた。

 囁きは、なおも続いた。

 ――憎い
 ――憎い、憎い
 ――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、

 いきなり、声が弾けた。

「お前がァッ!」

 天寺の体が一瞬で真横を向き、爪先が、アゴ先目がけて跳ね跳んできた。

 躱――

 ぶしゅ、と血が噴き出す音がした。
 噴き出したのは、夕人の喉からだった。

 夕人は天寺の上段前蹴りを躱そうとアゴを上に逸らしたのだが、その時突き出た喉仏に天寺の足の指の"爪"が掠めたのだ。
 その血が天寺の髪と顔に降り注ぎ、その全てを斑に赤く染めた。
 血が滴り、天寺の口元まで辿り着いた。
 それを――

 ベロリ、と天寺は舌を出して舐めとり、
 ニヤリ、と穿った目のまま、ヤツは笑った。

 悪寒が、夕人の背中を突き抜けていった。

「やめろ……」

 声が、夕人の意思とは関係なしに発せられていた。
 ずり、ずり、と後ずさるが、それでも間合いを外そうとしない天寺は、再び拳を天に突き上げ、肘を鎖骨に落とそうとしてくる。

 喉を、声が突き抜けていった。

「やめろ――――――――ッ!」

 肘打ちをアゴに飛ばした。
 あの生意気だったチビのアゴを砕いた、横から振るやつだ。

 死ね!
 化けて出るな!

 そう願って、二度目の反則を、夕人は犯した。

 しかし次の瞬間、痛みを感じたのは、夕人の方だった。
 刺すような痛みに、思わず顔をしかめる。

 見ると、夕人の腕は天寺の口の中にあった。

 くわえられた。

 肘より浅い真ん中辺りが、歯と歯で強烈に挟み込まれている。
 あの一瞬で歯で受け止めるなんて、信じられなかった。
 見つめていると、ヤツと目が合った。

 その目が、爛々と輝いていた。

 物凄い形相だった。
 無数の血の線とミミズ腫れで巻き取られた顔は、煉獄の拷問を思わせる。
 頬はこけ、生気もない。

 そんなゾンビのような中で、目だけが、輝いている。
 滾っている。
 信じられないくらい血走ったその瞳は、今、はっきりと自分だけに焦点が当てられている。

 その口元にはくわえられた自分の腕があり――涎がだらだらと際限なく垂れている。
 まるで自分が、こいつに喰われているかのようだった。

 こいつは本当に――人間なのか?

 腕が噛まれたまま、頭が回転していく。
 ダメだ。
 それはまずい。
 このままでは後ろ回しが来るのに、ガードが――

 ごん、
___________________

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