ⅩⅩⅤ/国王エリオム十四世③

2020年10月8日

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目次

本編

 斬った。
 斬った。
 斬って斬って斬って、斬りまくった。

 襲いかかってくる奴は、斬って捨てた。
 向こうにいる奴は、斬って投げた。
 後ろから槍で刺されそうになって、振り返り剣でうち払い逆に鎧の上から剣をブッ刺した。
 剣の先が、十センチほどへし折れた。
 構わない。
 考える必要が無い。
 もうそんな余分なことは、消え去った。

 ただ、殺す。

 目の前の敵じゃない。
 貴様ら何ぞ、眼中にない。

 この城のそのものを、殺す。
 そしてこの世の元凶である――貴様を、殺す!

「エリオムっ! 貴様……貴様貴様よくもアレ・クロアを……殺してくれたなァ!!」

「ほう、なかなか勇猛な男よな」

 頭からバケツで被ったような血まみれの修羅のようなベトが、血を吐きながら叫んだ。
 それをエリオム十四世は、頬杖をついたままつまらぬものを見るように呟く。

 そこで周りの遊女たちがベトの迫力に扇を煽ぐのをやめていることに、気づいた。

「……どうした?」

「え、いえ、あの……」

「お前らも、死にたいか?」

「ひっ! い、いえ……!」

 まともに言葉も紡げない様子で、遊女は慌てて煽ぐのを再開した。
 そしてエリオム十四世はもう一人を手招きし、その遊女はびくびくしながら近付き、エリオムはその唇を、貪る。

 ベトは眉間を、しかめる。

「きっさまァ! オレたちをバカに……バカにしてんのかァ!!」

「よそ見してて良いのか? あはは」

「ぐッ!?」

 一瞬の隙をつき、真横から飛び込んできた槍をなんとか首をひねって、いなす。
 頸動脈の薄皮が、持っていかれた。
 血が、噴き出す。

 死が、影からこちらを覗いていた。

「の……やろうがァアアアアア!」

 思い切り大剣を振りかぶり、兜の上に叩きつけた。
 頭は完全に陥没し、血がポンプのように噴き出る。
 それをかぶり、ベトはまるで血ヘドロの化け物のようになる。

「ハッ……ハッ……ハッ……あああ!!」

 乱れる息、火のようになる心臓、鉛のように重くなる手足をなんとか振り乱し、ベトは再び大剣を振り上げた。





 突然、なにもかも消えた。
 視界も、音も、手足の感覚さえ。
 だからまったく、わからなくなった。
 なにが起こったのかも。
 そして、自分がどうなるのかも。

 終わったのか、と考えた。

「……ああ」

 だけどなぜか、どこか、心の中で安心してしまった。

 ずっと、張り詰めてきた。
 したくないことも、出来ないことも、神との契約だから死んだ気になって、やり遂げてきた。
 それが自分に与えられた、使命だと信じて。

 信じることだけが、自分を支えてきた。

 だけどそれこそ、生きた気はしなかった。

 辛かった。
 だけどそれでも、やらなくてはいけなかった。
 死んだように生きるのもそれこそ死にそうだったが、だけど死ぬ気で生きるのも死にそうなことだった。

 自分は、生きることがあまりに不器用なのだと思う。
 というよりも、自分は生きることに向いていないと思う。

 だから終わったのなら、それでも良いのかと思った。
 いや、思おうとしたのかもしれなかった。

「わからない、なぁ……」

 ふと、アレは呟いていた。
 やりたくないとか、生きるのは疲れたとか、色々言ってしまったが、実際相手が自分に心許してくれた時は、言葉では言い表せないくらいに嬉しかった。
 それに自分でなにかをやり遂げていくことに、手応えのようなものを感じていた。

 そういうことを色々思い出すのは、なんだか不思議な感覚だった。
 ずっと、そんなこと考える暇なく駆け抜けてきたから。

「でも、ここはどこなんだろう……?」

 ここが天国なのかとも考えた。
 それとも地獄?
 考えることしか出来ない状態では、ただ想像することしか出来なかった。

 なんだかここまでやってくる前まで、戻ったような気分だった。
 ベッドの上で、想像ばかりしていた。

 なんであの子は殴られてるんだろう。
 なんであの人はあんなに怒ってるんだろう。
 なんで周りの人は誰も止めてはくれないんだろう。

 手を伸ばせない、関わることが出来ない世界。
 ずっと考えていた、だけだった。

 夜の月に、願っていた。
 どうかこの世界が――哀しさから、解放されますようにと。

 ただ、願っていた。

 そうだった。
 自分の根源は、願うことから始まっていた。
 なにかを、どうかと。

 その願いは、果たして遂げられたのか?
 遂げられなかった願いは、どこに行くのか?

 叶えられない願いなんて。
 哀しい世界なんて。

【――壊してしまえばいいのよ、アレ・クロア】

 それが誰の声かと思った時――それが自分の声なのだと、気づいた。
 語りかけていたのは、自分自身だった。
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