ⅩⅩⅤ/国王エリオム十四世②

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「アレ……アレ=クロアッ!!」

 叫びに、アレは振り返った。

 突然の声。
 それは聞き慣れ――そして今日一度も、聞いていなかったものだった。

「ベト……?」

 ベトがいた。
 懐かしかった。

 離れていたのは、ほんの数時間くらいしか経っていなかったのに、それは不思議だった。
 きっと心細かったのだろうと思った。
 ずっとみんな自分に何者だ、どういうつもりだ、魔女だろうなどとまくし立てて、それに立ち向かうのにも、疲れていた。

 そこでベトが、来てくれた。
 嬉しかった。
 安心できた。
 ベトに。

 それはなぜだろうと一瞬アレは思い、それがきっと、自分になにかを強制しなかった態度なのだろうと思った。
 娼婦だと勘違いだけはしたが、だけどこうだろうとか、こうなのか、とか、そういう詰問はなかった。

 ただひたすらは、わたしの在り方を尋ね、そしてそれをただ手伝ってくれると言った。
 愛想笑いも、嘘の言葉も何もなかった。

 だから自分は、その時思いがけず泣いてしまった。

 自分にとって、ベトに会えたことこそ運命なのだと思った。
 そうでなければ自分は祖母が亡くなったあの村で、不自由なこの足できっとどこにも行けず辿りつけず、きっとその辺で野垂れ死んででいたことだろう。

 ベトには感謝しても、しきれなかった。
 だから世界を変えることが出来たあとは、わたしはベトのために生きよう。
 アレはそう思った。
 そう思って、アレは柔らかく微笑んでいた。

 その胸を、一本の槍が貫いてた。





 その瞬間、正体の知れない感情がベトの胸中を渦巻いていた。

 怒り?
 恐怖?
 悔恨?
 悲しみ?
 そのどれともつかず、そしてそのどれでもあるようにも思えた。

 ただ悲しみ、という単語が浮かんだ時、胸が締め付けられるような感覚に、襲われた。

「てめぇゴラァ!!」

 気合い一閃、ベトは後ろからアレを槍で貫いた男の頭を鞘に差したままの剣で打ち、払った。
 男は吹き飛び、そのまま貴族たちがざわつく中に埋もれた。
 貴族たちは突然の展開にほとんど恐慌状態に陥る。

 そんなもの、ベトは眼中にも入っていなかった。

「ッ……あんた、おい、あんたッ!」

 アレの身体を支え、必死になって呼びかける。
 既にアレの意識はない。
 ショック状態に近い。
 その口元からは血が滲んでいる。

 胸に刺さる槍が邪魔だったが、抜くわけにもいかなかった。
 それだけで、失血死する可能性がある。

 どちらにせよ、もう手遅れにしか見えなかったが。

「っ……くっそ、アレ! アレ・クロア! 起きろよ、おい、起きろよ! 世界、変えンだろ? 変えるんだろうが、哀しい世界を救うんだろうが! あんたが死んでどうするっていうんだよォオオオ!!」

「なんだ、貴様?」

 冷たい声に、ベトは黙った。
 諸悪の根源、今の世界を作った男。
 その声に、ベトの心は怒りの一色に塗り、潰された。

「……あんたさまが、オレの雇い主かい?」

 アレをその手に抱いたまま、ベトは振り返った。
 その視線の先には、最初からなにも変わらない在り方を保つそれが、こちらを見下ろしていた。

「誰だ貴様は?」

「……そらァ、知らねぇだろうけどな、オレみたいな末端は。だがそんなことはどうでもいい。あぁ、どうでもいい。そんなことよかァあんたさまは……ンでこの子を、討ちやがった?」

 ギチリ、とベトは歯を噛み締めた。
 エリオム十四世は、つまらなそうに吐き捨てた。

「時間の無駄よ。それをさせた罪人を、処罰したに過ぎぬ。貴様も雇われというなら、さっさとグラード帝国を滅ぼしてこい。そうすればそこの娘も浮かばれるだろう。世界が変わるからなァ」

 にやり、と初めてエリオム十四世は、笑った。

 その瞬間、ベトは理解した。
 この状況。

 自分が死を当たり前のように振りまき、受け入れて生きていかなければならず、アレが孤児として不自由な体で生きていかなければならず、哀しい世の中であるその理由。

「あんたか……」

 アレを床に寝かせ、ベトを呟いた。
 そして無言で、剣を抜いた。
 そして鞘を、捨てる。

 もう、必要ない。
 もう、鞘はない。

「あんたが……元凶か」

「やれ」

 もはやエリオム十四世は、会話すらする気はなかった。
 ただ一言、号令を下した。

 一斉に護衛たちが襲いかかる――より先に、ベトは突っかけ、その大剣を振りまわしていた。
 それに最初の一列が、吹き飛ぶ。

「ぬぉ!?」
「ぐえっ?」
「なっ……!」

「アアアアアアアアアっ!!」

 ベトは修羅と化した。
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