ⅩⅥ:月下の対話
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目次
本編
それにマダスカは、かなり参っていた。
魔術師であり若干15歳の少女であるマダスカは、運動関係は不得手だった。
それが前提としてあるのに、連日の魔力鍛錬、ほとんど命懸けといっていい実戦修行という組み合わせは、殺人的な運動量だった。
魔術師であり若干15歳の少女であるマダスカは、運動関係は不得手だった。
それが前提としてあるのに、連日の魔力鍛錬、ほとんど命懸けといっていい実戦修行という組み合わせは、殺人的な運動量だった。
「……大丈夫か、マダスカ?」
隣りを歩くエリューが、心配そうにこちらを覗き込んでくる。
気持ちはありがたいが、この男に出来ることはない。
それになにより、マダスカはエリューと必要以上の関わりあいを持ちたくないと思っていた。
「だ、大丈夫……気にせず、進め」
「…………そっか」
しばらくしてから、エリューは視線を戻した。
顔も俯いたままそちらに向けなかったから、さすがにこの男も察したのだろう。
額に手をやり、汗を拭った。
「――――」
パーティーの先頭をいくオルビナは一度も振り返らず、ただ前だけを向いていた。
魔導をゆく身にしてあの佇まいに、自身の未熟を痛感する。
ゆさゆさと無駄に揺れる自身の胸が、疎ましかった――
そして、夜。
「では、眠るとしよう」
「はい、オルビナおやすみなさい。マダスカ、おやすみ」
「……あぁ」
就寝は、エリューが背負い運んでいるテントを張り、その中で眠る。
ただし唯一の異性であるエリューは外で、樹を背に剣を胸に目を瞑り、眠りと見張りを兼任していた。
オルビナと枕を並べて、横になる。
「…………」
最初テントの梁を見ていたが、落ち着かず寝返りを打つ。
オルビナの方とは逆に、入口の方へ。
使い込んだテントは黄ばみ、そこに生温かさのようなものを感じていた。
気になった。
「……エリュー」
「ふぇっ?」
とつぜんの呼びかけに、エリューはバランスを崩し胸の剣を取り落としかけ、勢い余って後頭部を樹の幹にぶつける。
「てっ! つ、っつー……」
「……どんくさ」
「て、へ? な、なんか言った?」
「なにも」
呟き、マダスカは傍の岩の上に腰かけた。
エリューも頭上に疑問符を浮かべながら、再び樹にもたれる。
「――で、なに? なんか用?」
「…………いや、ちょっと」
そこでマダスカは、口ごもった。それにエリューも右手で頭をさすりながら、左手で剣を抱えなおし、
「? ちょっと?」
「…………ちゃんと眠れてるの?」
「ん、ああ、寝れてるぞ。最初はあれだったけど、これって瞑想の修行も兼ねてるからな」
そしてエリューは、顔を前方に傾け、目を瞑る。
そのまま微動だにしない。
5秒経ち、試しにマダスカは顔の前でパン、と手を叩いてみたが反応せず、さらに足元から砂を掬って顔にぶつけてみたが、それでもエリューは瞑想を中断しなかった。
さらに5秒後。
エリューは瞼を開け、
「――とまぁ、こんなもん? なんか、目がしぱしぱするな……」
それにマダスカは、素直にすごいと思った。
「へぇー……」
だけど口から出たのは、気の無い返事。
エリューは特にそれを気にした様子もなく、
「んで? それを心配してくれたのか?」
「…………いや、その」
そして沈黙。
満月が明るく照らす中、エリューは特に急かすこともなくただぼんやりと待っていた。
「……辛く、ないわけ」
「へ?」
聞き返すエリュー。
とつぜんのしかも小声に、事実聞き取れなかった。
「……辛くないかって、聞いたのよ。毎日魔物と戦いながら、一日何時間も歩いて、修行もして、食べ物も自炊で、外で寝て……」
「あー……辛くは、ないな」
「……なんで?」
「元々俺は、田舎暮らしだから。家では藁を敷いたところで寝てたし、食べ物も獣を焼いたやつとか山菜料理ばっかりだったし、走るのは得意だし……魔物と戦うのは、嬉しいし」
「う・れ・し・い?」
一文字づつ区切って発音した。
とても聞き逃せない単語だった。
魔物との生きるか死ぬかの殺し合いが、嬉しい?
「いっ、いやその、勘違いされたら困るんだけど……戦うのが嬉しいんじゃなくて、その……強くなるのが、嬉しいというか」
ああ、その気持ちならわかる。
マダスカは心で呟いた。
男なら誰でも強いものに憧れるというのを、聞いたことがある。
「なるほど……それで、強くなる自分に酔ってるってことね」
知らず、自身の口調がキツくなっていることにマダスカは気づいた。
意図してではないが、自然とこうなってしまう。
理由はわかっているだけに、マダスカは複雑な心境だった。
「いや、違う」
だけどエリューは、きっぱりと否定した。
「……違うの? なら、なんで――」
「勇者に、なるんだ」
何度目かになる、その言葉。
「……勇者になる? 以前から聞いてるけど、それってなんのことなの?」
「オルビナが、言ったんだ」
それを聞いたなら、聞き逃すわけにはいかなかった。
「勇気持つ、決して挫けぬ者が勇者だって。強いやつに、勇気はいらないって。魔族と戦うには、勇者にならなきゃいけないんだって」
「……つまり、あなたは魔族と戦いたいわけ?」
「倒したい」
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